「医療は特殊だから許される」なんてことはない

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INTERVIEW2016-05-09
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プロフィール

三井記念病院 院長
高本 眞一

たかもと しんいち〇1973年東京大学医学部卒業、同年三井記念病院外科医員、78年ハーバード大学医学部、マサチューセッツ総合病院外科研究員、80年埼玉医科大学第一外科講師、87年公立昭和病院心臓血管外科主任医長、93年国立循環器病センター第2病棟部長などを経て、97年東京大学胸部外科教授、2009年より現職。2000年から5年間、東京大学医学部教務委員長を務め、医学教育に新しい風を吹き込んだ。


 日本心臓血管外科学会の理事長時代、手術成績のデータベース化や質の評価に取り組んだ経歴を持つ高本氏。新しい術式の開発のほか、東大医学部時代には教務委員長として新しい取り組みを進めるなど、先取的な取り組みを続けてきた。高本氏は今の医療と今後の医療をどう考えているのか。


豊田 今、医療においてすごく大きな変化が起こっているし、これからも変化が加速していくのではないかと感じています。その中で、医療の今の変化、今後の変化を、先生がどうお考えになっているか、10年後、20年後の医療の未来に向かって医師は何を考え、すべきかを伺いたいと思っています。

高本 先日、あるシンポジウムで、10年後、20年後を見据えた議論がありましたが、あらゆることが全て数値化されるようになって、IT化も進むという話があったね。イノベーションが進んで医療が大きく変わるという話だ。私の専門である心臓外科でも、TAVIみたいに弁置換をカテーテルができるようになった。今度は僧帽弁までカテーテルで実施するって言っている。

 ただ、それはお金がいる手術で、出来るようになったとしても全世界には絶対に広がらない。インドの医師が言っていたけれど、そんなお金を掛けてTAVIで行うくらいなら、普通の弁置換術だったら5人、10人と助けられるじゃないかと。特別なイノベーションが起こったところで、世界中の人たちが全員メリットを受けるわけじゃないと言うんだね。

 これはあくまで一例だけれど、どれだけイノベーションが起こったって残っていくことがあると思う。人間が何で満足するかといったら、やっぱり人間的な温かさや生きがい、幸せ感などだと思う。

豊田 患者がそういう人間的な温かさを求めるということですか。

高本 ドクターだって毎日忙しく働いていて、やりがいを感じてやっていると思うけど、5年、10年と続いていくとやっぱり疲れてくるよね。「何のためにやっているんだろう」と思うときが必ずあるはずですよ。そんなときに大事なのは、人間として生きていて、喜びや悲しみ、あるいは生きがいを感じることだと思う。命を持っているということはすごいことだと思うんだよね。命を持ったことの意味、それをみんなが感じながら生きるということが大事なんじゃないかなと思うよ、これからますます。

豊田 これからますます求められていくと。

高本 そう。機械化とかIT化、あるいはイノベーションがどんどん進めば進んでいくほど、それは大事になる。しかし、片方で、そんなこと無視して進んでいる状況があって。

豊田 無視して、と仰いますと?

高本 例えば、医療事故調査制度ってあるでしょう。あの制度で非常にけしからんと思っているのは、予期せぬ死亡事故などが起こった場合、院内調査を行って報告書を作成しても、遺族への説明は口頭でもいいってことになっているよね。それから再発防止策について報告書に書かなくていいという議論になっていると聞いている。

 それはなぜかというと、証拠として残って訴訟に使われる可能性があるからというんだね。訴訟をされたらひどい目に遭うという考えが根底にあるんだと思う。しかし、それは誤った考え方じゃないだろうか。「俺はちゃんとやっているんだ。多少間違うことはあったって、俺は聖職なんだ」と思っていて、それを非難するのはけしからんというふうに考えているってことだ。

 それは、私はやっぱり人間として間違いだと思う。医者も一般人も同じ人間だし、誰もが同じように良いこともすれば間違いも起こす。そんな「お互い様」の中で支え合って生きているのだと思うんだよね。医者だけが聖職だなんて、言うべきではない。医療というのはあくまで数ある職業の1つだ。人間を大事にするという考えはどの職業においても共通なことで、それを前提としないとね。だから、医療だけが聖職であって、「訴訟を起こすなんてことはもってのほかだ」という考え方は、成立しないのではないだろうか。

豊田 過去には、医療は聖域であると言われたり、2000年代初めの一時期に医療訴訟が増加したとき、「聖域の崩壊だ」といった論調をニュースで見たりしていました。私自身は、医師はやはり特殊性の高い職業ではないかと思います。ただし、教師だって特殊だし、ビジネスマンだって特殊性を持ち得ると思うのです。医者には特殊性はあるけれど、どの職業にも特殊性はあります。

高本 傲慢になってはいけないと思うんだよね。特殊性が高いからこそ、「特殊だからこれは許される」といったことはないと思うな。

 誰もが間違いも何もなしにやれるなんて考えられない。だから決して聖域ではない。悪い志を持ったら犯罪になるし。命に非常に近いところにいるわけだから高い倫理観を持たなくてはいけない。だけれど、それは一般の人のそれと比べたときに、全く違うものではなく、やはり普通の倫理観だと思う。

豊田 我々医師は、18歳のときに医者になると決めて、皆が医学部に入学し、他の学部とあまり交流がないまま医者になって、医者になったら今度はずっと病院内にいます。医学部に入ってから、いろいろな経験をするチャンスが少なくなりがちです。法学部に入った人が全て法律家になるわけではなく、経済学部に入った人が皆、ビジネスマンになるわけではない。しかし、医学部に入るとほとんどの人が医者になるという現状もあります。こういう、いわばやや狭い世界になりがちな環境で、どのように倫理観を形成すれば良いのでしょうか?

 先生は東京大学時代に、「医の原点」というカリキュラムを始められました。各分野の著名な講師を招いて講義を聞き、医学とは何か、医療とは何か、医師になることはどういうことか、患者と医師の関係はどうあるべきかなどの根元的な問いに対して、自らの体験に根ざして考える機会を得る講義です。自らの将来の医師像を描き、医師あるいは研究者になることの動機を高めることを目標とするものでした。私もこの講義を受け、いろいろと学ぶことができました。

高本 原則は、人間として皆、平等だということだと思う。法学部や経済学部の学生と同じだし、大学には来ない人たちとも同じ。資格や機能は違うかもしれないけれど、人間としては同じだと。こういう認識が必要だと思う。

 医学部は本当に狭い世界だよね。1学年およそ100人で6年間ずっと過ごすわけで。私は全学のボート部に入っていたので他学部に友達がいるけれど、医学部の中だけにいたらやはり視野や交流が狭くなりがちだよね。君みたいに、病院から飛び出て、変わったことをやる人間が出てきたということは、あの教育(編集部注:「医の原点」カリキュラム)が良かったのかもしれないね(笑)。


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豊田 私が医療の現場を離れた理由として、10年後、20年後、30年後に日本の医療がどうなっていくのか、今のままだと時間とともに良くなるという感覚が現場にいて全く感じられなかったということがあります。先生がイメージされる20年後の医療とはどんなものかお聞かせいただけませんか。

高本 技術は進歩すると思うんだよ、技術は。

豊田 TAVIについても、治療法としてはとても素晴らしいものだと専門医の先生から聞いている一方で、聞いた先生すべてが、高齢者に適用されるようになるとかなり社会保障費にとって負担になると言います。医療の進歩の一方でどこまで患者さんに治療を提供するのか、悩まれていると感じています。医療が進歩すればするほどその悩みは深くなるのではないかなと思うのですが。

高本 そこにはみんながお互いに触れないようにしているからね。TAVIのように新しい治療法が登場すると、治療できる患者が増えるけれど、一方で例えば超高齢者に対して適用することの是非はある。ほかにも、ステントは1つ、2つならばいいけれど、3つ4つとなると手術の方が成績も良くなっていくし、4つ以上入れるならば手術の方が経済的にもいいし、予後もいい。でも好みでステントを選ぶのだったら自費で、というような考え方を検討すべき時期なのかもしれない。

豊田 日本が誇る皆保険は、例えば感染症のように、みんなが罹患する可能性があるようなもので、抗菌薬を投与すれば皆が同様に回復をするという治療にすごくマッチすると思います。皆が同じリスクを背負っているからですよね。一方で、高齢者になって必要な医療ニーズが1人1人バラバラになったときに皆保険が最も適したあり方かどうかと聞かれると答えに窮します。

高本 今は承認されて保険償還されたら、あとは自由自在にやれるわけだけど、そこに少し制限を掛けるという考え方も出てくるかもしれないね。

豊田 例えば看護師の配置で7対1といった話は、1つの施設単位で見ると機能を付与するものですが、医療全体から見ると病院の機能を制限するものです。こうしたことは今までも行われてきたことだと思います。一方、医師が提供する診療を、例えば患者さんの年齢で分けるとか、あるところを超えた治療は保険が適用されない、といった治療行為自体を制限するという考え方は今まであまりなされてきていませんよね。

高本 まだどんな形がよいのかは分からないけれど、考えていくことは必要だろうね。ただ、現場の医師は忙し過ぎて、目の前の患者さんのことしか考えられないよね。私はちょっと暇になったから考えるようになったってことなんだけれど。

 いずれにせよ、最初に言ったように、やはり患者さんの命をないがしろにすることは絶対にできないことは大前提だよね。そういう観点に立った上で、どうあるべきかということを考える必要があるだろうね。

豊田 先生は2000年から心臓血管外科学会として手術成績のデータベース化を進められ、また、年間手術症例数が40例以下の場合、心臓血管外科の専門医を取得するための修練施設として認められないということを決められました。これは1つの診療の制限ですし、医療の質の評価ですね。

高本 これから医療は評価される時代だと思う。大切なのは医療の質。そして医療の質で一番大事なのはやっぱりアウトカムです。そこで、データベースに意味が出てくる。もう1つ治療成績が上がらないような施設は、悩んでいるわけだよね。そういうところには学会から施設訪問を行って、ここはこういうふうにした方がいいとアドバイスしたりしています。

 こうした質の担保のための活動は当たり前になっていくと思う。そのほかの学会でも取り入れたいという話がでてきているからね。

 先日、厚生労働省のお役人が言っていたけれど、日本は小さい病院がたくさんあって、70%は民間なんだってね。欧州は大きな病院はほとんど公立でしょう。米国も結構公立が多いそうだ。つまり、日本はわりと自由にさせていている。そういう日本の医療の中で、心臓血管外科学会が年間40症例以下の施設は修練施設として認めないというのは一つの進歩だと思う。

豊田 日本は民間が7割を占めるのに、サービス業ではなく、社会のインフラ的な役割を医療が担おうとしているところにギャップが生まれているのでしょうか。

高本 医療そのものは基本的には公益だよね。米国は公的な施設が多いけれど、費用に関しては自由裁量で、ドクターが自分で勝手にやれるところがある。マンハッタンで手術を受けるのとネブラスカとか田舎で手術を受けるのでは手術代が3倍ぐらい違うからね。

 一方、日本は完全にコントロールされていて、医療費は、東京でやろうと田舎でやろうと全部決められている。物価なんかも関係ない。自由なところと管理されているところが混在するのが日本の医療だけれど、米国だって自由なところが違うだけで、専門医の数を含めて管理されているところと自由なところが混在している。どちらが正解かは分からないけれど、自由な良さもあれば管理(コントロール)することの必要性も分かる。難しいところだけれど、判断していくしかないよね。

 そのときに大切なのは、「医療は患者のため」、ということを肝に銘じておくことだ。これまでにいろいろ事故が起こったのは、医者が、医療は自分のものだと思ってやるからじゃないかな。患者のために全力を尽くすし、そのためには実力も上げないといけない。そういう考えを軸として持っていれば、医療に起こるいろいろな問題や訴訟の問題なんかにしても解決していけるんじゃないだろうか。


【インタビューを終えて】高本先生は私が医学部の学生だったときの教授で、教育プログラムの責任者もお務めでした。その教育のおかげで幅広い視点を持つことができたと改めて感じています。また高本先生が立ち上げに関わられた、手術成績のデータベースは、まずは医療の質を担保、あるいは向上に役立つものですが、次の時代に求められる医療を考えていくためのヒントがたくさん詰まっているのかもしれないと改めて感じた次第です。(豊田)





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