汗くさい若者の相談に乗るのも我々の仕事

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INTERVIEW2016-06-07
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プロフィール

国立成育医療研究センター 理事長
五十嵐 隆

いがらし たかし〇1978年東京大学医学部卒業、同年東京大学医学部附属病院小児科研修医、79年静岡県厚生連遠州総合病院小児科、82年4月東京都立清瀬小児病院腎内科に勤務、82年9月東京大学医学部附属病院小児科、85年から3年間Harvard大学Boston小児病院に留学した後、91年から東京大学医学部附属病院分院小児科講師、2000年東京大学大学院医学系研究科小児医学講座小児科教授、2012年から現職。2003年からは文部科学省教科書検定委員会第八部会委員・部会長を務めるなど、多くの要職で活躍する日々だ。


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 東京大学卒業後、一貫して小児科医療に携わってきた五十嵐氏は、高齢者に比べて子どもに対する支援が少ないのは、子どもに起こっている深刻なことが知られていないからだと、様々な活動を進めてきた。10歳ぐらいまでのかわいい子どもだけが小児科医療の対象ではない。「汗くさい若者」への支援が全く顧みられていないと五十嵐氏は訴える。


豊田 10年、20年後の医療がどうなっているか、あるいはどうなっているべきかを様々な先生に伺っているところなのですが、先生は医療の今後をどのようにお考えになっていますか。

五十嵐 私の専門は小児科なので、小児医療しか分かりませんが。

豊田 ぜひ、小児医療という点からお話しいただければと思います。

五十嵐 まず、これからますます二極化していくことは間違いありません。

 どう二極化するか。1つは、高度先進医療の広がりですね。特に小児の場合は、小児慢性特定疾病が704疾患に増えました。それから難病も今300指定されており、今度、さらに増える予定です。

 つまり今までは治療法がなく、救命できなかった疾患も、治療できるようになってきている。明らかにこの20年ぐらいの医療の進歩ってすごいよね。治療成績も格段に向上しています。小児に限っても、例えば今から35年ぐらい前、私が東大小児科に入局したころの急性白血病の治癒率は6割ぐらいでしたが、今は9割ぐらいです。大人になれる急性白血病の子どもが増えてきたわけですね。

 それから左心低形成症候群という病気は知っていますか。

豊田 はい。

五十嵐 昔は残念ながら1カ月以内にほとんどの患者さんが亡くなっていた。でも、今は2回か3回、手術して、6割近く成人になれるようになった。とても喜ばしいことです。

 また、小児には遺伝病が多いわけですが、例えばダウン症候群の患者に対し、寄り添っていく医療が必要な一方で、先天性疾患の子が生まれないように、出生前診断しようという動きがある。ただし、偽陽性率が全年齢層としてみると50%近くにもなり、まだまだ未熟な技術です。

 さらに、ゲノム編集などの技術も進んで、元々ある遺伝子異常そのものを治してしまう技術も開発されています。遺伝子を改変できる新しい技術を使って、例えばリンパ球を体外で遺伝子操作して遺伝子異常を正常型に治し、それを体内に戻すといったような治療法の開発が進んでいる。生殖細胞を対象に遺伝子操作をしようという研究も始まってきた。

 まだ倫理的な問題が解決していないことも多いけれど、こうした研究は止まらないし、研究が進めば臨床へと踏み出していくでしょう。世の中、いろいろな考え方の人がいるから、世界的には将来行き着くところまで行くと思う。

豊田 そうですね。きっと誰かが一歩踏み出していくと思います。

五十嵐 難病でこれまでは助からなかった命がこれからはますます助けられるようになっていく。それはとても良いことである一方で、例えば先に挙げた左心低形成症候群の場合、手術を行うことで救命できて長期生存できるようになっても、障害が残ったり新たな障害が生じてきます。慢性的な低酸素血症の結果として、様々な臓器に障害が出たりするのがその一例です。白血病についても、白血病は治ったけれども、治療の結果として中枢神経障害などの晩期障害が起こってくる。治療は進歩するけれど、まだ完璧ではない。

 つまり先進医療が進んでいく結果として、障害を持った子どもや若年成人のケアや介護の重要性がますます高まってきています。

豊田 在宅医療や訪問看護などは高齢者のためのものという考えがありましたが、これからは高齢者以外にもニーズが高まっていくんですね。

五十嵐 その通りです。今年春から、当センターではレスパイト入院も可能な新しい病棟を作り、運用を始めました(もみじの家)。例えば、未熟児で生まれ、人工呼吸器が必要になった患児の生命予後は延長しています。そうした子どもが人工呼吸器を装着したまま、自宅で在宅医療を受けることになります。その場合、ご家族の方、特にお母さんが3時間に1回昼も夜も気管内吸引をして、気管が閉塞しないように管理しています。乳児に母乳を与えるのは大変だけれど、言ってしまえばほぼ1年で終わる。でも、人工呼吸器の子どもを自宅で管理しているお母さんは365日ずっと子どもに寄り添っています。その結果、疲れが出てきてしまいます。だからレスパイト入院、つまりお母さんに休息する時間を持ってもらうための入院ができる施設の運用を始めました。たまには自分のためやご家族の方のための時間を持ってもらえれば在宅医療の支援になると思います。

 この施設を作る計画を国に相談に行ったときに、「その様な仕事は福祉だから、区や都に任せるべきだ。国立成育医療研究センターは高度先進医療を行うところなんだから、目的が違うんじゃないの?」と言われ、賛成してもらえませんでしたけどね。その後、理解していただいて、運用が始まったところです。

 高度先進医療を提供する一方で、その結果として生み出される障害を抱えて生きてゆく子ども・青年とその家族を支援するシステムをこれから社会全体で構築する必要があると考えます。この点はこれからの成育医療にとって、とても大事だと思っています。

豊田 高度な医療を提供していくだけが医療の姿ではないということですね。


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五十嵐 その通りです。その他にも、改善しないといけないことがあります。予防接種も問題です。例えばHPV(ヒトパピローマウイルス)に対するワクチンで慢性疼痛などを訴える患者さんがおられることが議論になっています。多くの小児科医や専門家はワクチンそのものが病気の原因になるのではなく、注射による強い痛みやその後の症状に対してしっかりと医療側が受け止め、暖かく患者さんに寄り添って一緒に診てゆくことが十分にできなかったことも大きな要因ではないかと考えています。

 思春期の女性の一部は何かのきっかけで全身の痛みを生ずるようになることがあります。機能性身体症状と呼びますが、けがや交通事故の後でも起きることがあります。HPVワクチンは筋注で、痛かったから、それが引き金となったことも考えられます。患者がそうした症状を訴えてきた時に、「しばらくは時間がかかるけれど、一緒に治していきましょう」という姿勢で対応することが重要です。精神的なものに近い訴えに対しても、寄り添う姿勢が大切ですが、小児科医の多くはこうした対応を取ることにこれまであまり得意ではありませんでした。
 
 小児科医はこれまで健診や予防接種もしてきましたが、主として感染症や喘息発作などの急性の病気に対応することがメインの仕事でしたから。忘れてならないことは、どんな病気の患者さんも病気によりこころに大なり小なり影響を受けていることです。こころの問題に対しても適切なケアのできる医師のスキルとそれを診療報酬上で正しく評価する体制が必要です。

 こころの問題を適切に受け止めて対応できる医師のスキルや診療体制がわが国で不足していることが、HPVワクチン後に生じた問題の一因になった可能性が考えられます。病気だけでなく、精神的な問題、あるいは子どもや青年が地域、学校、家庭でうまくやっているかどうかをしっかりと評価し、問題やリスクを見いだして、それらに対応できるスキルを持つことがこれからの小児科医に本当は求められていると考えます。

 日本には学校健診で学童・生徒の健康を評価していると言われます。しかし学校健診では極めて短時間しか子どもを評価していません。

豊田 はい。5分もなかったような気がします。

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五十嵐 思春期の子どもには起立性調節障害という体質を持つ子どもが少なくありません。前の晩に早く寝ても翌朝早く起きられなかったり、脳貧血で倒れてしまう体質です。子どもがこうした問題を学校健診の場では相談できない。男の子の場合、自分は包茎ではないかとの悩みが多いですが、日本人の7割が仮性包茎ということを教えてあげることがほとんどない。

豊田 病気じゃないといえば病気じゃないからでしょうか。

五十嵐 そう。こうした年齢の子たちって世代間の比較をすると死亡率が最も低いので、医療は必要ないと多くの大人が考えているからです。一方、米国では3歳から21歳までの子どもは、かかりつけ医のところで年1回ヘルス・スーパービジョン(健康の監督)という日本でいう個別健診を受けないと学校へ行けないことになっています。

 ヘルス・スーパービジョンはわが国の健診と同じではありません。身体的な健診は10分程で終わり、その他に20分ぐらいかけて、地域、学校、家庭内で何か問題はないかを本人から聞いたり、幼い子どもの場合には母親からも話を聞いたりしている。うつのスクリーニングにも力を入れています。つまり、子どもをbiopsychosocialな見地で総合的に評価するのが米国の小児科医の重要な仕事です。医療保険からもこのような仕事に診療報酬が支払われていることも重要な点です。

 日本では2001年から「健やか親子21」という国民運動計画が行われてきましたが、知ってますか?

豊田 お恥ずかしながら知りません。

五十嵐 母子の健康・保健、医療などの問題を解決するのに、医療従事者だけの力ではできません。社会や制度の変革が必要なためです。そこで、国、地方自治体、企業など様々な立場の方が協力して問題解決のために協力して活動しようとする運動計画です。2014年までに行われた第一次運動計画で、「健やか親子21」では解決できないばかりか悪化した課題が2つ明らかにされました。

 1つは出生時の子供たちの体重が下がってきていることです。栄養状態がいいOECD加盟国の中で、出生時体重が下がっている国は日本だけでした。昭和50年当時は、男、女合わせた平均出生体重は3200gでしたが、最近では2950gと、250gも下がったままの状態が続いています。

 成人病胎児期発症説(バーカー説)は20世紀最大の医学仮説と言われています。胎児期から1歳までの子どもの栄養状態が悪いと、成人になってから生活習慣病になりやすいとする学説です。最近になって、精神・神経障害の発生率も高いことが分かってきました。うつ病、統合失調症、発達障害の頻度も高くなります。小さく生まれても大きく育てれば良いとは必ずしも言えないのです。

 もう1つが、10代の自殺が減っておらず、むしろ増えていることです。その背景には、10代が医療や健診の狭間に落ち込んでしまっていることがあるのではないかと危惧しています。

 今まで日本の小児科医は15歳、つまり中学生までを診るのが自分たちの仕事と考えてきました。しかし、先進諸国では10歳から20歳あるいは21歳までが思春期と定義しています。思春期の子どもの健康を預かるのが小児科医の仕事になっています。

 ところが日本はまだそこまで広がっていない。日本の小児科医はまだまだ自分よりも体の大きな高校生を診療することになれていません。何となく、敬遠してしまうことが多いのが実情です。

豊田 はい。相手は、汗くさい感じで、つい大人の言うことに反抗しちゃうような年頃ですからね(笑)。

五十嵐 そう。小児科医は赤ちゃんと若いお母さんを相手にしている方が楽しいと感じるメンタリティーが強いよね。

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豊田 なるほど。確かに小児科のイメージは赤ちゃんとか小さい子どもがお母さんに連れられてきて、優しく声を掛けるのが「ザ・小児科医」というイメージです。

五十嵐 そうでしょう。ただ、小児科医も年を取ってくると、思春期の子どももいとおしく感じる様になるんだけどね。子供が大人にまで成長していくすべての過程を支援するのが小児科医のプロフェッショナリズムです。日本の小児科医もこれからは20歳までの子どもを診るという姿勢を持つと共に、心と体の健康問題に精通してゆくことが求められています

 85%の子どもは一度も病院に入院する機会がなく大人になる。でも、そのようないわゆる健康な子どもでも、バイオ・サイコ・ソーシャルな問題の中のサイコ・ソーシャルな面で問題を抱えています。そういった子どもに現在の小児科医の多くは手を差し伸べていません。身体の問題、こころの問題、社会的な問題という3つの側面から捉えようという考えで、どんな年齢層にあっても重要な視点です。

 米国では30年ぐらい前から、「ブライトフューチャーズ」という標語の下に、先に述べたようにヘルス・スーパービジョンを実施しています。30分の健診に対して医療保険であるメディケアが150ドル出すんです。例えば知的障害がある10歳の女の子のヘルス・スーパービジョンの際に、小児科医が子どもに、男性が言い寄ってきたときにどうやって「ノー」と言うか、ロールプレーを行って教えています。米国では知的障害のある子どもは性的被害者になるリスクが高いためです。その様な子どものリスクを抽出し、リスクに対して小児科医が事前に対応している米国の小児科医の活動に日本の小児科医は注目すべきと考えます。

 日本は薬を処方したり処置をしたりすれば保険診療の適用になりますが、健診や健康相談には医療保険は適用されません。日本では学校にカウンセラーがいるけれど、子どもの方から相談に行きにくい状況です。昔は地域のコミュニティーや子ども同士の中で教えたり、面倒を見たり、相談に乗ったりしてきたけれど、今はそういう文化がなくなってしまった。Biopsychosocialな子どもの健康問題に具体的に介入できるのは小児科医がふさわしいと思います。米国のヘルス・スーパービジョンのようなシステムをわが国にも取り入れた方が、いろいろなリスクが未然に防止できるし、医療費の抑制という点でも合理的じゃないかな。

 これからの小児医療は、先進医療をさらに推し進めていくことは社会からの要請も強いし、進んでいくことは間違いない。一方で、ただ救命するだけでなく、救命した子どものその後を見ていく、支援していくことが必要。それから、今まで全く手を出してこなかった、子どものこころや社会の問題も支援していくことが大切です。

豊田 米国のように子どもの頃、医師と話す機会があって、いろいろと相談する機会があると、健康あるいは病気に対するリテラシーは上がっていきそうです。超高齢化や医療費増大などの問題が山積している日本も同じようにリテラシーを上げていく機会をもっと持つことが巡り巡って大切だと感じましたが、先生はどうお考えですか?

五十嵐 そうですね。私は保健体育の教科書を検定する委員会の委員をやってきました。東大に入学してくる学生に聞いてみると、女子校は保健体育の授業で結構いろいろと教えているけれど、男子校では授業内容なんてほとんど覚えていない学生が多い。

豊田 はい。全く覚えていません。

五十嵐 保健体育で子どもに教えている健康や疾病に関する内容も貧弱です。生物の教科書でも人体のことってほとんど教えていません。子どもの健康増進のために、学校での健康教育を変えていかなければならないと思っています。

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豊田 小児科、あるいは小児科医は、今後はどうなっていくでしょう?

五十嵐 小児科医は増えてきています。

豊田 ただ、先ほどお話しいただいたように、小児科医がいろいろなことに関わる、という話になると、医師不足とか、忙しいのに仕事を増やすのか、という声も大きくなってくるのではないかと思いまして。

五十嵐 確かにそれはあり得ます。ただ、一方で、予防接種が充実してきて、感染症に関係する入院がどんどん減っていくと思います。今でも地方の基幹病院の入院患者は昔に比べて2割ぐらい減っています。これからは、これまで出来ていなかった子どもの健康をbiopsychosocialな面からチェックし、支援してゆく仕事の方向に小児科医の仕事を展開したいと考えます。

 妊娠・出産する成人、生まれた子どもが成長して次世代の子どもを産む若年成人になるまでの健康を保障するための「成育基本法」(理念法)を作りたいと考え、日本医師会や日本小児科医会と協力して活動しています。子どもを産もうとするお母さんから胎児、赤ちゃんから思春期を経て、次世代を作る成人までの医療を成育医療と呼びます。この成育医療を充実させるための法律です。現在でも母子健康法や学校基本法などがあるけれど、支援がどうしても小学校入学前と入学後で途切れてしまいます。また、若年成人を対象とする支援も不足しています。こうした理念法を作ることで、この理念に沿って既存の法律を変えるための意見を審議会を通して国に伝えることができると期待しています。


【インタビューを終えて】難病からHPVワクチン、そしてこれからの小児科の役割について、熱い先生の思いがあふれるインタビューでした。子どもの病気を診るのが小児科ではなく、子どもの健康を支えるのが小児科医であると強調されました。「病気」だけを診ていくのでなく、これからは「健康」を見ていくことが重要であると、医師の役割の変革を見据えておられます。(豊田)





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