医学界は何してた?と言われて返す言葉がない

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INTERVIEW2016-08-18
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プロフィール

医薬品医療機器総合機構 理事長
近藤 達也

こんどう たつや〇1968年東京大学医学部卒業、69年同大学脳神経外科入局、72年国立東京第一病院脳神経外科、74年東京大学脳神経外科助手、77年ドイツマックス・プランク研究所(脳研究所)留学、78年国立病院医療センター脳神経外科、89年同センター脳神経外科医長、93年国立国際医療センター手術部長、2000年同センター第二専門外来部長、2003年病院長を経て、2008年から独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)理事長


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 脳神経外科医として腕を振るってきたが、医薬品や医療機器の審査を行う組織である医薬品医療機器総合機構のトップとなった近藤達也氏は、薬学がメインと思われる医薬品の審査に医師が関わることの重要性を訴える。医薬品の審査に関わることは医師のキャリアに必須だと強調する。


豊田 いつも言われてきたことではありますが、医療は変革期を迎えていると思っています。特に最近では、手術支援ロボットであるda Vinciが登場したり、非常に効果が高い医薬品が登場してきたり、あるいは遠隔診療や患者モニタリングに情報技術を活用するといった動きです。こうしたここ数年の変化は、今まで医療界で起こった変化と比べると、変化分、進歩分といってもいいのかもしれませんが、非常に大きいと思うんです。長年、医療に携わり、今は医薬品や医療機器を審査する医薬品医療機器総合機構(PMDA)のトップをなさっている先生は、その変化と医療の今後をどのようにお考えになっているのか、伺いたいと思っています。

近藤 医療に使う医薬品は、昔を振り返れば漢方薬などがあったわけですが、その効果は劇的なものではなかったですよね。しかし、ペニシリンの発見に代表される抗生物質の登場はすごくインパクトがあったと思います。薬ってすごいよね、と思えるようになったのは抗生物質の登場からでしょう。それと同時に国民の薬に対するあこがれ、期待はますます高まってきています。ビタミン剤とか栄養剤ぐらいしかなかった頃に比べれば、今の抗癌剤や免疫抑制薬、スタチンや糖尿病治療薬の進歩は著しいと思います。

 しかし、人体に対するポジティブな影響がどんどん大きくなる一方でやはりネガティブな影響も大きくなる。それは表裏一体だからね。そのため、規制当局のあり方もどんどん厳密になってきたと思います。

 米国の場合、規制当局である米国食品医薬品局(FDA)の歴史は非常に古くて、もともと国外から入ってくる変な薬とか食べ物をいかに食い止めるかということから始まっています。これが原点ですよね。

 日本の場合、急速に薬が発展し始めた時期に少し乗り遅れてしまい、昔ながらの医薬品、医療機器の開発の仕方が続いたから、それが通用しなくなってきて起こったのがドラッグラグ、デバイスラグです。治験とか臨床研究を、国際標準のルールに則ってデザインし、実行しなければいけないけれど、そのルールに則って治験ができる体制を作るのが遅れてしまったからです。

 そこで、2004年に作られたのがPMDAです。もともと審査は厚生労働省の中で医系技官が中心となって審査や治験相談などを行ってきましたが、とても追い付かなくなってきた。しかし国家公務員をたくさん増やすわけにいかないし、それでPMDAという外部組織を作ったわけです。

 こうした経緯があるので、PMDAの仕事は、まず医薬品や医療機器の審査があります。また、医薬品や医療機器の市販後の安全対策も担当しています。

 それから、これが日本に特徴的で、他国には無いものですが、副作用被害に対する救済についての業務もあります。これは国民皆保険の中で国が承認した医薬品を使っていて、図らずも発生した被害、薬害を救済する仕組みです。基本的に製薬企業などから拠出金を納付してもらい、これをもとに治療費などを給付しています。

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豊田 恥ずかしながら、そうした救済を担われていることは知りませんでした。

近藤 先ほどから話にあるように、薬自体のレベルが高くなってきています。そのため、審査も高いレベルが求められる。当然、審査官に求められる能力も高いものが求められるようになるし、強化していかなければいけませんでした。

 強化していく過程で医者への期待が高まりました。医者は人体のことがよく分かっているからね。審査を手伝って、と言われたんだけれど、今まで医者は薬の開発に関わったことがほとんどないし、興味が無いわけですよ。だから、私に白羽の矢が立ったんだと思ってます。医者に興味を持たせるという役目ね。

 これからの薬は、もっと医者が開発に関わる必要があります。効果や副作用を、医者の目でしっかりと評価しながら開発していかなければいけない。だから、全国の大学や医療機関に協力してくれる医者を求めました。

 でも、医者だってボランティアでやるわけにいかないよね。だから、PMDAに来たら勉強できることを訴えたんです。何を学べるかというと、レギュラトリーサイエンスです。日本語で言うと適正規制科学というけれど、科学的な情報だけでなく、社会的な情報も含めて総合的に勘案して、最適な解を見つけていく科学です。薬って高度に科学的であると同時に、社会に大きく影響する性格も持つ。まだまだ未解明なことが多い人体に対して投与する。科学と科学では割り切れないことを勘案して、今できる最大限のことは何かを決めていく必要があるわけです。

 このレギュラトリーサイエンスは、実は日本発の考え方なんです。1987年に当時の国立衛生研究所の所長だった内山充先生が提唱されたものです。様々な科学を社会に応用するために適切に解釈するということです。科学をそのまま社会に持ち込んではリスクがある場合もあるからね。具体的には、評価方法の科学です。社会で使うために、品質、有効性、安全性をどう評価するかという科学です。その内山先生の考えを受けて、今のPMDAにおけるレギュラトリーサイエンスのあるべき姿を考えてきました。

 もちろん経済学も必要ですよね。コストに見合うベネフィットを提供できるか、考えなければいけませんから。一方で、例えば用量はどれくらいが適当か、リスクとベネフィットのバランスを考えなければいけない。疾患に悩む患者さんの気持ちも考えなくてはいけない。そういったことが分かるのは医者です。だから医者に期待するところは大きいんです。


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豊田 だからこそ医師である先生が理事長として呼ばれたのですね。そこで伺いたいのですが、医師は国家から免許を与えられて、医師としての裁量というか自由度は非常に高いわけです。極端な言い方をすると、毒物を人に投与することもできるし、人を切ることもできる。一方、レギュラトリーサイエンスという考え方は医師の権限を制限するように感じます。

近藤 確かに医師の権限はある意味万能です。患者さんと1対1で向かい合って、患者さんに説明し、患者さんが納得したら何でもできるわけです。

 でも薬学は違います。薬は不特定多数の医師が不特定多数の患者に使うものです。だから、誰が誰にやっても同じ結果が得られなければいけない。1対多であり、多対多なんです。薬という1つのものが多数に影響を及ぼすわけだし、多数の医師が多数の患者に使っていくから。

豊田 何でもできる存在が規制に関わるって面白いです。

近藤 そう。医師が関わると面白いわけです。そこに進歩が生まれるから。薬学だけだとどうしてもがちがちのルールに陥りやすい。そこにいろいろなことを飛び越えて実行できる医師が加わると、発明、発見という進歩があるわけです。

豊田 薬学の世界から考えると、医師っていうとんでもないやつが来たって見えてしまうでしょうね(笑)。

近藤 そうかもね。でも、一方で、何でもしていい医師だからといっても、得た知見は世界で認められなければいけない。ちゃんと再現性があるのか、革新的な発見も再現性がないとただの一経験でしかない。世界で認められるには、一定のルールに基づいた方法で行う必要がある。だからこそPMDAのような組織には多様な人材が必要なんです。

豊田 医師がPMDAで働くと、そういうことが学べるんですね。

近藤 そう。ここで薬事のことを学んで、そして大学や病院に戻って、新しいことを発見してほしい。研究の進め方、統計のやり方も学んで、その上で医師の自由な発想で研究する。そうしたら世界で認められる面白い発見ができる。

 今、イノベーションが期待されていて、医学部や病院にも求められているけれど、イノベーションというからには世界標準の方法で達成する必要があるからね。PMDAで経験を積んだたくさんの医者が出てきたら、日本の臨床研究、ひいてはイノベーションが花開くと期待しています。今まで、日本は試験管内の研究は優れていると言われてきた。でも、その先、つまりそれをヒトに応用するところは弱いと言われていた。試験管内の研究をするのは、患者を治したいという強い気持ちからだよね。だからこそレギュラトリーサイエンスという知見を身に付けてほしい。そうすれば臨床を変えられる。でも、教授に言われたから2年間来ました、というのではダメだよ(笑)。自ら学ぶんだって意志を持って来てほしい。

豊田 今、何人ぐらいの医師が在籍されているんですか?

近藤 80人くらいだね。全科の医師がいますよ。

豊田 そういうキャリアがあるんですね。面白いな。

近藤 面白いでしょう。せっかくだからここで経験したことを学位という形に出来ればと思って、連携大学院も作りました。

豊田 最近は効果が高いけれど高価な薬も出てきました。現場の先生や、私の知人からも「こんな高い薬をいっぱい使っていいのか」って意見が出てきています。

近藤 費用対効果は大事だよね。今、HTA(Health Technology Assessment)って考え方が出てきています。実際に得られる効果とかかる費用を評価しようというものです。あれもまさにレギュラトリーサイエンスという考え方が必要です。いろいろな要素を総合して判断しなければいけない。それには医師の知見が絶対に必要です。これっていう正解がないからね。時に哲学的な考えも必要だから、医師に向いているかもしれない。

豊田 規制当局というと、つい医師との対立概念で考えていました。

近藤 規制ではあるけれど、レギュレートには調和という意味もある。日本語訳すると規制科学というから、いわゆる規制を想像するけれど、調和の科学というとより実体に近いかもしれないね。

豊田 薬の開発って面白いですね。

近藤 薬は企業が開発するよね。日本は今まで低分子がメインだった創薬の時は世界でもトップクラスの創薬国だった。一方で、アカデミアが創薬に関わったのは抗生物質までで、高脂血症や高血圧の薬は企業主導でした。アカデミアは創薬にあまり関わってこなかったんだよね。

 でも、いつの間にか薬は高分子が中心になってきた。抗体とか酵素とか。そうしたら海外の企業が世界を席巻しているわけ。高分子というのは医者が患者さんの中から見つけだすものだよ。バイオマーカ—だってそうだよね。薬を投与して患者さんの体内で何がどう変わったかなんて医者がやらなきゃ、他に誰にもできない。だって企業は患者さんのサンプルを扱えないからね。つまり、アカデミアの関わりがなかったから、今の創薬に日本は出遅れた。「医学界は何やってんだよ」と言われたら、返す言葉がないよね。

 さらに低分子がメインだった頃は、ネズミで効かなかったらヒトでも効かないだろうとドロップさせてきた。でも、高分子の場合は違うよね。ネズミで効かなくてもヒトでは効くかもしれない。世界の注目はこの部分にもっと集まっていくと思う。だからこそ医者、アカデミアがもっと頑張らないとね。

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豊田 バリバリに臨床をされていた先生がPMDAでそう訴えておられるというのはとても面白いです。なぜPMDAに行こうと思ったんですか。

近藤 直前までは国立国際医療研究センターにいたんだけれど、ここに来るとは思ってなかったね。老健施設みたいなところに行く予定だった。しばらくじいさん、ばあさんと一緒に遊ぼうかなってね。老健施設ももっと刷新しなければいけないと思っていて、アイデアも持っていたんだけれどね。

 君もそうだろうけれど、外科医だから薬のことってあんまり知らないじゃない。だからここに来るなんて思ってもみなかった。でも、臨床医に求められることがたくさんあるってことが分かってね。今は楽しく仕事させてもらってますよ。薬学から学ぶことも多いしね。医者ももうちょっとしっかりしないと、なんて感じてます。

豊田 医者は患者の顔が見えすぎるから、患者のためと思って何でもジャブジャブつぎ込んでしまいませんか。患者のためになることならば何でもオッケーというような。

近藤 私は外科医だからね。駄目なものは駄目だと判断してるつもりです。先に言ったように、レギュラトリーサイエンスはバランスだからね。100%治る薬ならいいけど、予後が1週間延びる薬はどうかなって考えるよね。外科医ってそういう厳しい判断をする経験をたくさんしている。厳しいばかりじゃダメだけど、バランスを考えていく上でもこういう経験って大事かなと思っています。

豊田 最後に一言お願いします。

近藤 つまらないこだわりは捨て去って、発想を豊かにしてほしいと思います。医学も薬学も、そして製薬企業ももっと新しいことに取り組んでほしい。

 日本は再生医療で一歩踏み出しました。今まで薬ってフェーズ1試験から始まり、フェーズ3試験まで、たくさんの時間とお金を掛けて評価してきた。でも再生医療はいわばフェーズ2試験で認可しようという仕組みです。一定の安全性は確認できて、有効性も推定できる。ならば仮免許だけれど承認して、臨床で使って、本当に安全で有効なのかを確認する。難治性疾患や希少疾患をはじめとして、患者さんは待ってる。開発に10年、20年と掛けるなんて待てないし、新しい技術はやってみないと分からないことがたくさんある。だからこそ仮免許を出して、少しでも前に進めようというわけです。

 ここで大事なのは、何か起こった時です。残念ながら、全く想像できなかったようなことって起こりうる。でも、最初に言ったように、日本には日本にしかない救済制度というものがあります。この救済制度があるからこそ仮免許を出すということができたわけです。

 規制当局が硬直していると、こんなことは絶対できません。PMDAは「レギュラトリーイノベーション」を起こす機関でもあるのです。イノベーションの背景にはレギュラトリーイノベーションが必要です。日本は今、世界のトップを走っている。こうした環境をぜひとも活用してほしいですね。


【インタビューを終えて】医師、医学会が創薬にしっかりと関わってこなかったとお話されました。確かに医療現場は臨床治験には関わりますが、現場がその薬剤を本当に欲しているかどうかという点は薬剤開発にあまり反映されていないと感じています。私の知人の中にも、この薬を使うとほんの少しだけ余命は伸びるけど、そのために超高額な医薬品を使うべきなのか、と悩んでいる先生がいます。このようなギャップをなくすためにも、特に高分子の医薬品や超高額な医薬品などは、製薬会社だけでなく、現場にいる臨床医が開発からその必要性を含めて議論していく必要があると強く感じました。(豊田)





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