医師はこれまでの価値観に縛られすぎている

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INTERVIEW2016-09-21
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プロフィール

日本病院会 会長
聖隷浜松病院 総長
堺 常雄

さかい つねお〇1970年千葉大学医学部卒業。座間の米国陸軍病院でインターンの後、71年から8年間米国で脳神経外科研修。79年から浜松医科大学、81年から聖隷三方原病院。92年から聖隷浜松病院、96年院長、2011年10月総長就任、現在に至る。2010年4月より日本病院会会長。


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 日本病院会の会長を務める聖隷浜松病院総長の堺常雄氏は、脳外科医として辣腕を振るった後、病院経営や地域医療で活躍する日々だ。堺氏は医療の将来をどう考えているのだろうか。


豊田 このコラムでは、今の医療ではなくて、10年後、20年後の医療を語っていただいています。もう放言、暴言、何でもお願いしますという主旨なので、先生のお考えになる医療の10年後を自由に語っていただきたいと思っています。

 医療の10年後というのはなかなか微妙なんですよね。今から10年後は2026年。そう、団塊の世代が65歳を迎えるいわゆる2025年問題があって、それはもう10年後なんです。そして、そこまでの道筋は、2013年に行われた社会保障制度改革国民会議でほとんど決められているのでね。明確に、医療は病院から地域へということが示されている。「医療と介護の連携」と言っているわけですね。
 
 私がこの国民会議の提言で興味深いと思っているのは、地域がもっと頑張ってほしいと言っているところです。具体的に言いますと、地域医療構想というのがありますが、地域に協議の場を設けて議論しましょうと言っています。これはとても大切で、医療は地域ごとに特性があって、それが大きく影響する。中央が決める画一的な仕組みではなく、各地域が自ら考えていくということは必要なことだと思います。

豊田 確かに地域の病院に行くと東京との違いに戸惑います。

 例えば東京にいて田舎の病院をただ見に行くのと、実際そこで住んで医療に携わるということは全く違います。だから新専門医制度にしても、「マッチング制度を導入して、定員を設けてほしい」と要望を出したりしますが、なかなか難しいという返答が来る。例えば皆さん東京近辺に行きたいと言うんだそうですよ。

豊田 そうかもしれません。

 例えば脳外科を希望していたけれど、東京の病院には行けないことがわかった。でも、浜松の病院には行けますよ、と言っても、「それだったら私は耳鼻科でいいから東京に行きたい」というのが現状だと聞きます。

 私は豊田さんと同じ脳外科医なのですけれど、脳外1本やりで、ともかく脳外科医になりたかったんです。でも、今、これから医師になろうという人たちは何で診療科を決めるのかな、と思って聞いてみるとどうも様子が違う。私は、ともかく脳外科医になりたいから渡米して研修も受けて、とまっしぐらに目指していたけれど、今は自分の生活圏を最初に考える人が結構いると聞きます。それって非常に大きな変化ですよね。

 今、新専門医制度の議論で専門医の地域偏在が指摘されていますが、考え方を根本的に変えなければいけないかもしれない。我々が持っていた、一定のスタンダードというか、考え方が通用しなくなりつつある気がします。別に専門医のことだけでなくて、医療そのものにおいてかもしれません。

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豊田 医療そのものも今までの考え方が通用しない?

 例えば、病院というと、大学と一般病院があって、そこにはヒエラルキーみたいなものがあったわけです。つまり、大学と一般病院、大病院と中小病院、急性期病院と慢性期病院という対比がありますよね。

豊田 対立の構図みたいなものがありますね。

 そうです。でも、今は病床機能報告制度の中で、それを変えようと言っているわけです。ところが難しいのは、どこの病院の院長も、「何で俺の病院が急性期から外れなきゃならないんだ!」と言うわけです。それは意識的なのか無意識なのかは分かりませんが、ヒエラルキーに縛られ過ぎているのではないでしょうか。こういう価値構造がある限り、日本の医療はなかなか変えられないような気がします。

豊田 頭の固い院長が多過ぎるということですか?

 価値観をなかなか変えられないってことかなと思っています。私はここ1〜2年、新しい価値構造を作ってほしいと訴えています。これはかなり意識しないとできないと思うんですよね。

豊田 地域医療構想で言うところの地域とはどんな単位なのかにもよりますが、日本では医療を均等に配分しようという思いが見えてきません。さきほど先生は、東京で脳外科医になれなかったときに地方に行くかどうか、と仰いましたが、たぶん東京で脳外科医をやれないことはないと思うんです。絶対募集枠はありますよね。それで東京で脳外科医になって、ばりばりと手術が出来るかどうかは分かりませんが。

 ですからそれがおかしいわけです。おかしいから、専門医にだって定員は設けなければいけない。今、あなたが言ったように、東京は人口が多いと言っても、脳外の患者はそんな多いわけじゃないですしね。

豊田 はい。私の同期も余っていると言っています。脳外の仕事は1割ぐらいだ、なんて言うくらいです。

 昔は脳外の専門科がなかったので全部自分でやらなければいけなかったから大変でした。だから今はありがたい状況であるはずなんですけれどね。

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豊田 地域医療構想において病床転換もなかなか進まないとすると、今後、どうなっていくのでしょうか?

 患者さんの視点から言うと、今、9割以上の方が病院で亡くなっていますよね。でも、本当はご自宅で最期を迎えたい。ただ、同居世帯のお年寄りが入院すると、自宅に部屋がなくなるってケースがあるわけです。お孫さんの部屋になってしまうみたいですね。そうすると、退院だ、って喜んで自宅に帰っても部屋がない、なんてことが起こっている現実もあるわけです。

 地域医療構想は医療と介護を連携しよう、シームレスに患者さんを診ていこう、という話で、もともと介護側から始まった話なんです。ただし、突き詰めていくと医療と介護をどこで区切るのか、というのは難しい話ですよね。そもそも昔は医療と介護なんて分け方はなかったわけだから。

 では、どう考えていくべきか、と言えば、やはり利用者中心に考えるべきだろうとは思います。患者さんは自分の状態に適した医療やケアを受けたいわけですよね。急性期ならば急性期病院だと分かりやすいかもしれませんが、回復期やリハビリ、慢性期は病院であるべきか、微妙かもしれません。病院じゃなくてもいいよね、という考え方も出てくるんだと思うのです。
 
 しかし、こうした考えを議論していると、どうしても、例えば慢性期を一生懸命担当している病院では、一生懸命、患者さんを診てくださっているんですけれど、「何だよ、俺のところは病院じゃなくていいというのかよ」という気持ちになる。なかなか難しい議論なんだと思います。


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豊田 地域でケアという視点が強くなってきている今、病院は何をするところになるんでしょうか?

 病院がすることは、いろいろな症状を持った人が来るので、診断を付けて、必要ならば治療を行う。治療をして落ち着いたら自宅に帰っていただく、ということですよね。もし不幸にして障害が残れば、リハビリなどを行って、やはり目的は自宅に帰っていただくということです。

 一方で、療養病床の患者さんには何が必要かと考えてみると、何らかのケアは必要ですが、必ずしも医師がやらなければいけないケアばかりではありません。最近は、看護師さんができることが増えてきていますし、手術場で臨床工学技士さんができることは多いですよね。誰がその仕事に一番適しているかをじっくりと考えていくと、医師が直接関わる必要がある仕事は減っていくと思います。

豊田 今後、医師という仕事はどうなっていくのでしょうか。

 私は、医学部教育で医師になる面白さや医療の面白さを示し切れていないのではないかと思っています。だからこそ以前、四病院団体協議会は、メディカルスクール構想を提言したんです。

豊田 大学を4年間通ってから、臨床医になりたいという意欲がある人を対象に、4年間の医学教育を行う大学院のような医師養成機関(メディカルスクール)を創設するというものですね。これは本当に導入した方がいいと思うのですが、難しいのでしょうか。

 構想を発表した後、大学の、特に外科系の方から、「鉄は熱いうちに打ちたい」と言われたんですよ。早くから鍛えたいからメディカルスクールには難色を示しているというわけですね。だけど、じゃあなんですか、カーペンターを養成したいんですか、と私たちは問いたいわけです。人間として成熟した、終末期や困っている患者さんと話ができて、そういう患者さんやそのご家族に安らぎを与えられる医師が求められているのに、カーペンターを養成する機関でそういう医師が養成できますか。

 米国では、4年制大学を卒業すると、社会に出てボランティア活動などを経験してからメディカルスクールに行くようになっている。彼らに言わせれば、18歳で将来を決めるのは早すぎるんじゃないかと。

豊田 最近、医学部の受験本のインタビューを受けましたが、そのとき18歳で医学部に入って、医者になるのをゴールにして人生を過ごしてちゃいけない、と話をしたんです。18歳なんて医療のことをほとんど知らないし、医者がどんな職業だなんて知らないと思うのです。なのに18歳で医学部に入って、そのほとんどが医者になって、と、とても狭い世界です。

 そうね。本当は、医療というのはとても面白くてやりがいのある仕事なんだけれど、それを若い人に教え切れていないと思うんです。本当に面白い仕事なんですけどね。

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豊田 私が米国で脳外科のレジデントをやろうと希望していたとき、ニューヨークでは5人しかなれないよ、なんてアドバイスされたんです。「全米の3万人いるドクターのうち、トップの150人しか脳外科になれないんだけど、その150人に入れるの?」と聞かれて、「正直、自信が無い」と応えると、「そうしたら無理だろう」と言われました。いろいろな人に「インポッシブル」と言われましたね。「もしかしたら誰も行きたくないような辺鄙なところならばポジションが空いて滑り込むことが、何年か待てば可能だと思うけれど」なんて言われたんです。それを聞いて、「僕はそこまで脳外科をやりたいと思っているのかなぁ」と感じた記憶があります。一方で、「それでも脳外科をやりたい人間が米国では脳外科医になっているんだなぁ」「覚悟が全然違うな」と思ったんです。

 まあ、そういう脳外科医が10年後にどうなっているかを見てみないと分からないけどね。

豊田 そうですね。燃え尽きてしまっているかもしれないし、結局、脳外科医をしていないかもしれませんからね。

 米国はともかく、日本では、例えばある地域の町長さん、市長さんが脳外科医を求めます。でも、結局、そこで脳外科医をしても例えば、脳動脈瘤の手術を年間5例しか経験できなかったりするわけです。年間100例経験している医師と年間5例経験している医師と、患者さんはどちらを望みますか、というと年間100例経験がある医師に診てもらいたいわけですよね。年間5例しか経験できない地域に必ず脳外科医を常駐させることが必須なのか、考えていく必要があるわけです。多分、総合診療医のような人の方が必要なのだと思います。

 その意味では、今後は病院の連携を考えていかなければいけないでしょう。それは要するに病院の機能分化を進めることになり、病院にとって苦しいことでもありますが、地域の医療の需給バランスを考えて、将来、どうなっていくか予想して、受け身ではない、前向きな地域医療を、各地域がそれぞれ考えていく必要があるんでしょうね。高度成長期に構築したインフラの更新時期を迎えていると言われています。例えば道路の整備をうまくすれば、救急車が走りやすくなれば連携は今よりもずっとやりやすくなる可能性だってありますよね。知恵を絞ればいろいろな可能性が考えられると思います。

 ただ、これまではあまりにも中央が頑張りすぎたために、地域に人材が育っていないかもしれません。医師以外の人材の育成も急務でしょう。


【インタビューを終えて】日本病院会の会長である先生の悩みの1つが、大学と一般病院、大病院と中小病院、急性期病院と慢性期病院といった病院間の対立とヒエラルキー構造であるという言葉がとても印象的でした。集合体としての病院のあるべき姿については多くの人が賛成していながらも、1つ1つの病院の利害が医療機関の分布や役割分担の最適化を阻害しています。急性期医療が花形で、予防や慢性期は医師の仕事としてはサブである、といった概念はまだまだ根強いですが、どう変革していくのか考えていかなければいけません。(豊田)





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