椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症などに対する内視鏡下手術件数で日本一を誇る稲波脊椎・関節病院(東京・品川区)。今もメスを握りつつ、院長、そして理事長を務めるのが稲波弘彦氏だ。稲波氏は現在の医療や今後の医療をどう考えているのだろう。


豊田 稲波脊椎・関節病院は椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症に対する内視鏡下手術の件数で日本一と言われています。多くの患者を集める病院の院長として、医療の現状をどう見ていらっしゃるのか、医療は今後、どのようになっていくと考えておられるのか、伺いたいと思っています。

 最初に、最近、週刊誌で「あの薬を飲んではいけない」とか「あの手術は受けてはいけない」といった特集が掲載されており、膝や腰も話題にされていますが、ああいった記事で国民が煽られている現状を先生はどうお感じになりますか。

いななみ ひろひこ〇1979年東京大学医学部卒業、同年同大整形外科学教室入局、都立墨東病院、三井記念病院、虎の門病院などに出向。90年医療法人財団岩井医療財団岩井整形外科内科病院院長、2007年同理事長(現任)、2015年岩井医療財団稲波脊椎・関節病院理事長・院長に就任、現在に至る。日本整形外科学会認定脊椎脊髄病医、日本脊椎脊髄病学会指導医、日本整形外科学会認定脊椎内視鏡下手術技術認定医等。99年から東京都医療審議会委員、2007年から整形災害外科学研究助成財団常務理事や全日本病院協会理事、東京都病院協会副会長、NPO法人日本治療的乗馬協会副理事長、2009年からは医療情報システム開発センター評議員、2011年からは運動器の10年・日本協会業務執行理事、厚労省血液事業部会適正使用調査会委員、2012年からは日本運動器科学会常務理事などを兼務。

稲波 あの特集の中に、60歳以上だったかな、ヘルニアの手術は危ないから受けてはいけない、と書いてありました。さすがにそれはないだろうと思いましたね。「週刊誌で取り上げられてますが大丈夫です」というお知らせを出そうかどうかと一瞬考えてはみましたけれど。

 一方で、ああいった記事が出て話題になることは良い面もあると感じているんです。危ないという話が出てきたら、何が本当なのか知りたいということになっていくし、本当のことが知られるようになると思います。私は、医者だけが、つまり医療知識と技術を持っている者だけが知識を独占して、その者だけで議論しているのは時代遅れになりつつあるのではないかと思っているのです。

豊田 古い考え方でしょうか。

稲波 そうです。当院も、データは全て開示し、さらに公共財として公開しようとしています。医師、あるいは病院関係者だけでなく、それ以外の方が分析して、次につながる知見を見いだしていただければ医療の進歩にもつながりますから。

豊田 本当かな?という情報が世に出ることは一面では悪くないと。

稲波 議論が始まりますから。雑誌で言っていることは本当なのかと疑問を持った人が分析してくれて、80歳以上のヘルニアだって安全にできているというデータが出れば良いわけですから。その手始めとして、間違いでも良いから話題になったことは面白いのではないでしょうか。本当は学会がきちんとしたコメントを出せなければと思うし、そうであってほしいとも思いますけれど。

豊田 週刊誌の記事を読んで、患者本人あるいはその家族が心配になって、「先生、こんな記事を見たんだけれど」と言ってくることもありますよね。先生方は詳しい説明を迫られたりして、手間といってはいけませんが、時間が余分にかかるようになりませんか。

稲波 患者さんに対し、何かが起こる前に時間を掛けてでもしっかりと説明して信頼関係を得ておいた方が、その後、何かが起こったときに掛かる時間がものすごく少なく済むんです。何も説明しないで手術をして、何かが起こって、患者さんが「騙されたんじゃないか」と不信感を抱いたら、そこから説明して納得していただくのはものすごい時間が掛かりますよ。例えば、ある手術で不幸にも患者さんがひどい障害を受けてしまったとして、同じ手術をこれからしようとする患者さんから「大丈夫なんでしょうか?」と聞かれる方が楽なんです。しっかりと説明して、本人に納得感が得てから手術になりますから。後から説明して納得感を持ってもらうのはとても大変ですし、こちらの言うことを疑っているのに声に出さない患者さんに対し、質問がなかったから同意したのだと思って手術をして、それで何かあったらそこから納得していただくのはものすごく大変です。

豊田 そういう意味では、あの週刊誌の記事は、むしろ患者さんとしっかりとコミュニケーションを取る機会を持つことが大切です、ということを改めて肝に銘じる機会だと考えればいいんでしょうか。

稲波 そういう見方もあるんじゃないかと思います。

豊田 確かに私も脳外科医をしていたとき、ムンテラの時に患者さんから「先生にお任せします」と言われたときほど、何かあったときにはこじれるんじゃないかなと感じていました。

稲波 先生に全部お任せします、という患者さんは2つのタイプに分けられますよね。いろいろなことを自ら調べて、その上であなたを信じていますから、あなたが一生懸命やってくれてそれでもダメだったらいいですよと言うタイプと、「あなたを信頼します」とは言うけれど、疑心暗鬼で、すごく良い結果でないと満足しないタイプです。

 この2つは見極めないといけなくて、社会で要職に就いていたり社長をしているような患者さんは前者の方が多いと感じています。

 これは会社経営などと同じなのかなと思っています。他人に大事なことを任せたことがある人なのかなと。自分でやったら90点なんだけど、他人に任せて60点しか得られないかもしれないというときに、それを許容できないと他人に任せられないですよね。かといって自分ではやれないわけだから任せるしかない。そういう経験を積んだ人は、医療においても自分ではできないのだから任せると。もちろん任せてよいか評価はするのだけれど、任せると決めたら、結果も受け入れるという感じなのかなと思っています。

豊田 任せた以上、ごちゃごちゃは言わんよ、という感じでしょうか。

稲波 一方で、そういう経験がない方は逆の反応になるわけです。では、そういう患者さんは診ません、と言えるかと言えばそんなことはできるはずはありませんが。

豊田 航空業界では、エコノミークラス、ビジネスクラス、ファーストクラスの順に手が掛かると言われるそうですね。ファーストクラスの乗客は飛行機の乗り方をよく知っていて、何を頼んでいいのかも知っているし、どんな頼み方をすればよいかも知っている。一方、エコノミークラスでは知らないことが多いケースが多くて、サービスを提供する・しないで騒動になったりすると。

稲波 同じかもしれませんね。ただ、飛行機全部がエコノミークラスだったときに比べて、ビジネスクラスを作ったらその分のスペースは減るけれど、結果的にエコノミークラスのアメニティも良くなったという話もあります。出せる人からたくさんいただいて、ということは理にかなっている考え方でもあるのでしょう。

豊田 この話は、医療リテラシーにもあてはまるのではないかと思っています。飛行機の例で言えば、飛行機に乗ることとはどういうことなのかをよく知っていれば、自分たちがどのようなサービスを受けられるのかが分かるので、何を期待すべきかも分かりますし、結果に対する納得感も違ってくると思うのです。知らなければ過剰な期待を持ち、そしてどんなサービスを受けても不満を持ってしまいます。医療も同じで、医療はどういうものなのか、病気、そしてその治療法はどんなものなのか、予後はどうなるのか、といったことをある程度知っていれば、医療に対する満足感も変わってくるのではないかと思っていまして、今、私たちは一般人向けの情報提供活動しているのです。

稲波 小学校、中学校でもっと国民としての義務だとか、健康や医療のこととか教えたらいいんじゃないかなと思います。今、医療に出しているお金って限界を超えていこうとしてますよね。医療ってどんなものか、本当のところを国民が知る機会を、若いうちから提供すべきなのではないでしょうか。

豊田 ただ、一般人は日々、楽しく生きていて、若いうちなんかは特に健康のことを考えることなんてありません。普段から病気のことなんか考えられませんよね。でも、いざというときには医者が何とかしてくれるだろうと思っています。もっと年を取るとはどういうことか、死ぬってどういうことかを知れば、医療に対する考え方も変わるのではないかとも思うのですが、先生はいかがですか。