東京都内の13大学や数多くの地区医師会を束ねる東京都医師会。2015年から会長を務めるのが、おざき内科循環器科クリニック院長の尾崎治夫氏だ(任期は2015年6月から2年間)。東京都の地域医療体制の構築をはじめ、様々な取り組みを進めてきた尾崎氏は、タバコ対策に力を入れ、東京オリンピックに向けた受動喫煙防止対策でも有名だ。尾崎氏は医療の現状と今後をどう見ているのだろうか。


豊田 私が医師として診療に当たっている際に常々感じていたことなのですが、高血圧って病気なのだろうかと。昔は「痛い」「辛い」という症状があって病院に行き、医師に訴えて治療を受けるというのが病気だったと思います。しかし、今は病気なのか予防なのか、その境がグレーになってきています。糖尿病も高血圧も痛くもかゆくもない。血圧139mmHgの患者さんと141mmHgの患者さんで、ガイドライン上では違いがあるけれど、実際には違いがない。睡眠時無呼吸症候群も、昔はただのいびきのうるさい人、だったのが、大きな病気につながるから治療する対象となりました。

 将来的に大病につながることが明らかになって、ゆくゆくの大病を防ぐという考え方は大切だと思いますが、今まで想定してきた病気とは違うタイプの病気が増えてきていると思います。ここが日本の医療が抱える問題の原因の1つになっているのではないかと考えるのですが、こうした患者さんを最初に診る開業医としてどうお考えになっているかお話しを伺いたいと思っています。

おざき はるお〇1951年東京都生まれ。順天堂大学医学部卒業、同大学循環器内科講師を経て、90年おざき内科循環器科クリニック開設。98年東久留米医師会理事、2002年同会長、2011年東京都医師会副会長を経て、2015年同会長。

尾崎 確かに、一昔前の細菌などの明確な外敵による感染症を抗菌薬で治療する、あるいは事故による外傷を回復させる、というのは分かりやすい病気と治療という関係です。それが今は非感染性、非伝染性、非外傷性の疾患にシフトしているという言い方もできるでしょう。

 以前、私は循環器を専門とする医師としてカテーテル治療を行ったり、卒倒した患者にペースメーカーを入れたりしてきました。狭心症や心筋梗塞といった動脈硬化の完成形として引き起こされる、命取りになる状態を治療してきました。

 確かに高血圧はある意味、病気ではないとも言えるでしょう。しかし、放っておくと動脈硬化が進行し色々な疾患が起こる。ならば様々なイベントの発生を未然に防ぐことができるのが第一線で仕事をする開業医だと思い、大学病院や大病院でなければ治せないような人たちを作らないという気持ちでずっと診療を行ってきました。今でも「命取りになる病気をドクターが治す」というのは大きな病院の使命と思われていますが、診療所を中心に一般的には、そうしたことを未然に防ぐ「予防」に世の中がシフトしてきています。病気の質が変化したということだと思います。

豊田 やっぱり先生もそうお考えですか。そういう構造の変化は診療にも起こってもいいのではないか、と思って我々は遠隔診療を推進しています。

尾崎 痛い、かゆい、つらいという病気から、大きな病気のための予防にシフトすると、アドヒアランスをどう維持していくか、言い換えればいかに脱落者を出さずに診ていくか、ということが大切になるわけです。そのために今言われたように遠隔医療も有効なツールの1つと言えるでしょう。

 ただし、人間が治療を続けていくためには、病気という自覚を持たなくてはいけないと思います。混雑した外来に行って、ひたすら我慢して待って、医師と対面して色々とお小言を言われる。これも自覚を持つために必要な儀式なんだと思うんです。自覚を持ち得た患者さんが、外来に行く時間が取れないから遠隔医療を活用したい、というのであれば遠隔医療は有効なツールになると思います。

 一方で、待つのが嫌だから救急車を呼んで救急外来に来るといったことをはじめとして、不適切な利用をする患者も少なくない。医師側もしかり。新しい仕組みができるとそれを悪用するケースが出てくるので、しっかりと考えていかなければならないと思います。

豊田 感染症のように誰もが罹患するリスクを持っているような疾患が中心だった昔は国民皆保険という制度は適していたと思うのですが、疾病構造が変わって、予防的観点が強くなっている今、皆保険制度がどうあるべきかを見直す時期ではないか、と考えることもあるのですが、先生はどうお考えになりますか。もちろんある種のセーフティーネットは必要なのですが。

尾崎 確かに高血圧や糖尿病をはじめとした疾患は、重篤な疾患を発生させないための「予防的治療」という言い方もできるかもしれません。一般に予防はお金も努力も自己負担でやってきているのに、高血圧や糖尿病は保険医療の対象にするために病気というレッテルを貼っていると。もちろん高血圧や糖尿病は治療することにそれなりのエビデンスがあると判断されて保険医療になっているのだと思います。

 実は今、私が大事だと思っているのは教育なのです。

 我々の一生を見てみると、女性が妊娠して子どもを出産すると母子保健、少し育ってくると乳幼児保健があって、学校では健診を受けたり保健の授業がある。会社に行けば健診や保健指導等があるし、最後には老人保健があります。しかし、今はそれが全部バラバラで、つながっていない。つながっていないから国民一人一人が健康に関してどういう理解をしているか分からないし、どんな予防接種を受けてきたかも分からない。これでは自身の健康に対して理解が進まないのは当然です。

 今年度から学校でがん教育の授業が導入されます。身体の仕組みやがんってどういう病気なのか、がんにならないためにタバコはよくないとか、日常生活の過ごし方や食事のあり方なんかを教える良い機会です。何のために健康が必要なのか、仕事をするにしても、人生を楽しむにしても健康は必要なんだ、と教えることができる機会になることを期待しているんです。

 病気とか命の理解が進めば、予防の意識が高まるし、そうすれば病気で医療保険を使う人が減っていくでしょう。その結果として皆保険制度の維持にも貢献すると思います。

豊田 健康な生活を送っている人にゴールド免許を出すみたいなこともあり得ますか。

尾崎 お金が節約できるというのは最終的に大切なことの1つですが、それだけを目的とするのはちょっと違う気がしています。

 東京都に要望を提出しているのですが、生徒が高齢者施設を見学する機会を持ったり、体験できる機会を持てるように、また、献血や救急蘇生を学ぶ機会を持てるようにしてほしいと訴えています。

 私は公立中学校の学校医を10年以上やってきていまして、タバコやアルコールの害、エイズやインフルエンザなどウイルス性感染症の授業をしています。各学年で1時間を1回ずつ、3年間で3回だけですけどね。こうした教育を受けて卒業していくとずいぶん変わっていくと思うんですよ。お酒が飲めない体質の人に強制しちゃいけないとか、インフルエンザってこういう病気だったのかとか、タバコは絶対に始めちゃいけないとかが理解できます。

豊田 そういう授業は学校医の義務ではないんですよね。

尾崎 義務ではないけれど、校長の許可があれば部外者が授業をやっていいことになっています。学校健診は学校医の業務の基本ですが、学校医はそれだけやっていればいいのではなく、もっと医師でなければできないことを学校現場に出ていってどんどんやってほしいと思っています。

豊田 確かに日本は教育水準は高いのに、こと医療に関しては教育が十分ではないですね。それが昨今のHPVワクチン問題などにもつながっているような気がしますし、例えばピルなんかを話題にするのは恥ずかしいとか、知らないことによる誤解が広がりやすい気がします。

尾崎 そう。しっかりと教えていかないと。今でも患者さんの中には「自分は知りたくないし、考えたくないから先生にお任せします」といいながら、後で文句言う人もいます。医療は専門用語も多くて難しいことも多いけれど、「どうせ患者は分からないのだから」と説明しないのは間違っていると思うし、患者側としても少しでも理解できるように、子どもの頃から病気のこと、命のことを学習する機会を与えられるのは大切だと思っています。

豊田 本当に大切ですよね。

尾崎 最近、日本医師会で、外部講師を呼んでの勉強会の時に話題になったんですけれど、今、東大理Iの偏差値が、私学を含めて医学部よりも低くなってしまっているという話がありました。いわゆる頭の良い高校生がみんな医学部に行ってしまうと。この不確かな時代に、ある意味で食いっぱぐれのない職業で、それなりにステータスもあるということで選ぶそうなんです。

豊田 対外的にも格好が付く職業ですしね。

尾崎 ただ、私は医者というのはそれほど優秀じゃなくてもいいんじゃないかと思っています。コミュニケーション能力があって、教養は必要だけれど、人を思いやる気持ちを持っていることが大切です。薬の名前ぐらいは覚えておかなきゃいけないから、多少の暗記力は必要ですけどね(笑)。体力的には、昼間の診療をこなして引き続き夜の当直で、救急患者に対応して行くようなタフさが必要だし、そうした事が患者さんのためだと思える心を持っていることが大切です。

 高校の進路担当の先生には、「お前はそれほど勉強できないけれど、人間に興味があって、思いやる力があって、コミュニケーションもうまいから、お前みたいなのは医者になれ」といった進路指導をしてくれって言いたいですね。「勉強できるから医学部へ行け」だけではなくね。