ある日ぷっつりと音信が途絶え…
院長が対応について悩んでいたところ、追い打ちをかけるようにA子の母親から電話があり、「娘が薬の過剰服用で入院した。院長のパワーハラスメントが原因だ。すぐに謝りに来い!」と責め立てられた。パワハラといえるほどの口調で叱責したことはないので、その旨話をしたが、母親は取り乱しており取り付く島がなかった。
院長は自分の対応に非はないと考えていたため、母親の元を訪れて謝ることを拒んだ。そうしたところ、数日後に母親が病院の「退院証明書」を送ってきた。そこには、急性薬物中毒との記載があった。A子の母親からの謝罪要求の電話は執拗にかかってきていたが、院長は謝罪を拒み続けた。
その後、電話がかかってこなくなったため、院長が本人の様子を確認するために連絡したところ、本人、母親ともに携帯や自宅の電話がつながらなくなっていた。
A子には試用期間は3カ月と伝えてあったが、休職に関する院内規程がなく、そもそも就業規則を作成していなかった。試用期間中の解雇とすることもできなくはなかったが、本人の精神状態などを考えると解雇は難しいと判断。そこで、医療機関の一般的な休職規程の内容に鑑みて3カ月以内の休職扱いとすることを決め、「本日から3カ月後の期日を休職期限とし、それまでに復帰できない場合は退職とする」という内容の手紙を書留で送った。
結局、3カ月たっても連絡がなかったので、院長はA子を自然退職扱いとした。以来1年が経過するが、その後本人からの連絡はないとのことだ。
このトラブルは、採用の段階でもう少し慎重な対応を取っていれば防ぐことができた可能性がある。前述のように、A子の職務経歴にはブランクがあったが、院長はその理由を確認していなかった。
予期せぬ欠員が生じ、急きょ募集して採用した職員がトラブルメーカーになるというのは、比較的よく見られるパターン。急いでいるときこそ、人選は慎重に行う必要がある。また、数日にわたって面接するときは、記憶がぶれないように面接シートなどを使用してきちんと記録しておくことが不可欠だ。
選考方法にも見直しの余地がある。先着10人は無条件に面接するという方法はナンセンスと言われても仕方がない。「先着」の応募者より、書類選考で面接に進んだ人たちの方が優秀なことが多いだろうから、書類選考で選ばれた応募者にあたかも後光が差しているかのように見えて、実像よりも良く映ってしまう可能性が高い。面接に時間をかけられないようなケースでは、特に注意して書類選考を行ってほしい。
今回紹介した事例のように、採用直後に労働条件などを巡ってトラブルが発生することは少なくない。A院長は試用期間を口約束にしてしまったが、小規模な診療所でも就業規則を策定し、その上で雇用契約書や労働条件通知書を交付しておくことが肝要だ。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)
加藤深雪(特定社会保険労務士、株式会社第一経理)●かとう みゆき氏。日本女子大人間社会学部卒業後、2003年第一経理入社。企業や医療機関の人事労務コンサルティングを手掛け、中小企業大学校講師や保険医団体の顧問社会保険労務士も務める。