請求金額の5分の1の「解決金」を支払う
 労働局職員に呼ばれて、代理人弁護士とともに入室すると3人が在室していた。そのうちあっせん委員は1人で、氏名を名乗り、弁護士であると告げた。あとの2人は労働局の職員と思われた。元職員は別の部屋で待機しているようで、既にあっせん委員は元職員の言い分を聞いているらしく、それに対して意見を述べる形で始まった。

 まず、副院長のパワハラはあったかどうかという事実関係の確認が行われた。代理人弁護士は、全職員の匿名アンケートと副院長との個人面談の結果を基に、副院長が特定の職員にパワハラを行っていたのは事実であると伝えた。

 また元職員は、あっせん手続きにおいて「1年以上パワハラを受けていた」と申し立てていたが、これについては元職員の言い分をそのまま飲むわけにはいかなかった。というのも、既に退職したほかの2人の職員も、パワハラの当事者になっていない他の職員も、それほどの長期にわたり副院長のパワハラがあったとは院長に報告していなかったからだ。

 院長は、退職した職員からの手紙で初めてパワハラの事実を知り、発覚後すぐに対処している。そのため、決してパワハラを放置しておらず最善を尽くして事に当たったので、過失には当たらないと主張した。

 退職金を支払っているので、「補償金」としては支払う意思はないが、どうしてもということであれば、本日中に解決したいので「解決金」として支払う用意はある。ただし請求額は、同種の事案の裁判例と比較すると高額すぎるので、請求額の5分の1程度と考えている——。代理人弁護士は、院長の意向をあっせん委員に伝えた。

 ほとんどの話は弁護士同士で行われ、また、こちらが意見を述べたのは一度だけであった。その後あっせん委員は、解決金を支払うというこちらの意向を元職員に伝え、本人が承諾。これにより、あっせんは終了した。労働局に滞在した時間は2時間程度で、最後まで元職員と顔を合わせることはなかった。

今回の教訓

 Aクリニックでは就業規則を整備していたものの、パワハラに関する具体的な規定は盛り込んでいなかった。そのため、今回のトラブルをきっかけに、パワハラに相当する行為により他のスタッフに対して不利益を与えたり、職場の雰囲気を悪化させてはならないとする規定を新たに加えた。

 また、職場の人間関係などの問題点を素早くキャッチできるようにする体制も整備。それまでは全体ミーティングを2カ月に1回しか開催しておらず、内容も院長からの一方的な業務伝達であったが、2週間に1回の開催に変更。スタッフからの要望や改善事項を時間を取って聞くようにした。

 さらに、現時点では未実施だが、半年に1回の頻度で匿名の職員アンケートを取ることを院長に提案している。これは、職員が問題を感じていても、ミーティングだと遠慮があって発言しにくい場合もあると思われるためだ。職場の問題点を的確に把握するためには、職員個々に確認する方法も検討することが肝要である。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
二上吉男(株式会社ずのお代表取締役)●ふたがみ よしお氏。1978年慶應大法学部卒業。上田公認会計士事務所勤務を経て1991年に(株)ずのお(大阪市中央区)開設。診療所の開業・運営コンサルティングを手掛け、これまで350件以上の診療所開業を支援してきた。