「辞めてもらうのも致し方なし」と腹をくくる
 たまたま昼休みに事務室に行くと、Aさんが「大変だったら辞めた方がいいよ」とBさんに話しているところに出くわした。私の顔を見ると、Aさんはさっと離れて他の仕事を始めた。

 院長の前では一生懸命仕事をしているが、自分の立場が脅かされると思う人や気に入らない人はプレッシャーをかけ追い出そうとする。このまま放置すれば、Aさんがいなければ成り立たない職場になる。注意してもAさんの態度が改まらなければ、辞めてもらうのも致し方ないと考えるようになった。これは、院長も同じ考えだった。

 その後も、Aさんには同様の指導を繰り返したが、改まる気配が見られない。そこである日、私はAさんとの個人面談の場を設定した。

 面談の場で私が「仕事は教えていますか」と聞くと、「教えています」と言うので、「そうは聞いてないけど」とはっきり伝えた。次に、「ローテーションで業務分担を図る件はどうなった?」と尋ねてみたら、「まだできていません」とのこと。「忙しいからできていないんです。余裕ありません」と不服そうな顔をした。

 反省の態度が見られないため、私は、「数回同じ話をしているのだから、忙しいだけでは理由にならない。業務分担しないと回らなくなります。今のままでは、皆ついていかない。もう少し考えて仕事してください」と厳しい表情で通告した。そうしたところAさんは、「そのように思われているなら辞めます」と怒った顔で答えた。院長からは対応を一任されていたので、私は「分かりました」と認め、「辞める時期は相談しましょう」と言って面接を終えた。

 Aさんは、院長が引き留めると思っていたようだが、院長からも慰留されず、「それなら明日にも辞めたい」と言い出したという。院長が「引き継ぎをすべきではないか」と話したところ、Aさんは「引き継ぎはするけど、自分が勤務する日は、あのコンサルタント(筆者のこと)を出勤させないでください」と条件を出したとのことだ。これは、もちろん受け入れた。悪役に徹するのも、こちらの仕事である。

今回の教訓

 自分のスキルなどに自信を持っている、強気なタイプのスタッフがトラブルメーカーになったとき、厳しく指導すると「それなら辞めます」と自分から言ってくることは案外多い。今回のケースも、その典型例といえる。

 また、責任者になるなど立場が変わると態度まで変わってしまうというのも、往々にしてあることだ。一見何も起きていないように見えても、見えないところでトラブルが発生し、予想外の退職が生じるなど不安定な運営になる。

 診療所では、1人に仕事が集中してしまうケースやベテランスタッフが仕事を抱え込んで教えようとしないケースも意外に多い。そうした事態を防ぐには、特定のスタッフに頼らなくても業務手順を理解したり、業務改善に向けた情報を共有できるようにする体制づくりが必要となる。

 そのためには、次のようなものを整備しておくと効果的だ。

(1)業務改善に関する提案や業務上のトラブル、その対応などをまとめた共用ノート
(2)外部委託しにくい日常作業のマニュアル(鍵の開け閉め、金銭チェック、申し送りなど)
(3)月間、年間業務スケジュール表
(4)未経験者でも理解できるパート専用の業務マニュアル
(5)医事業務の職員別の業務スキルチェックシート

 院長が余裕を持って教えることができないクリニックでは、これらの業務マニュアルなどを利用して常に職員の能力や到達度を確認することと、顧問の税理士や社会保険労務士、コンサルタントなど外部の関係者も活用しつつ、人間関係の把握に努めることがとりわけ大切である。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
原田宗記(株式会社宗和メディカルオフィス代表取締役)●はらだ むねのり氏。1957年生まれ。医療法人の事務長、部長を経て1996年、宗和メディカルオフィス設立。医療機関や介護施設の開業、運営コンサルティングのほか、診療所の事務長代行業務を手掛ける。医療法人役員として医業経営にもかかわる。