私が使っている椅子は、会社を立ち上げたときに購入した、本革張りのドイツ製高級チェアで定価は50数万円。黒光りした、人間工学に基づいた優れモノだ。
お金がなくてコピー用紙1枚をケチっていたが、「いつか、この椅子に見合った社長になる!」と心に誓い、大奮発して購入した。もっともリサイクルショップで見つけてきたので、買い値は定価の20分の1ほどだったのだが。今までに数万時間と座ってきたが、疲れたそぶりも見せない大切な“相棒”だ。
当時、お金はなかったけれど、地域の人たちが気軽に相談に来てくれて信頼される薬局を作りたい、医師から「頼りになる」と言われる薬局を作りたい、といった夢があった。加えて、50歳までにしっかりした会社にして、その頃には会社を担う次の世代が育っていて、私はスッパリ、一線から退いて、人々が羨む悠々自適の生活を送る─—。これが、人生の美しい在り方だと考えていた。
しかし、好立地を見ると、ついつい新しい薬局を作ってしまい、そのたびに人が増えて、借り入れも増えて、売り上げを増やすためにまた新しい薬局を作って、といったことを繰り返すうちに、気付いたら既に60歳に手が届きそうな年齢になっている。
創業時に入社してもらった総務部長は、私がMR時代に担当していた病院の元事務長だが、今年還暦を迎える。もう一人、いつまでたっても院外処方箋を発行しない病院の門前の物件を押さえたり、全然患者が集まらない新規開業のクリニックの門前に薬局を作ったりして、共に苦労してきた営業マンは今年54歳。
彼らと私は、社内で“ビッグ3”と呼ばれている。“ビッグ3”の下は、40歳前後の少し若い世代。薬剤師としてはそれなりにベテランだが、20数店舗の薬局を運営する会社を任せるには、少し心配だ。医師との付き合い、卸との交渉、新店舗の開発─どれを見ても、心もとない。本人たちもそれを分かっているようで、「“ビッグ3”の後を継ぐ者がいない」と噂しているという。
しかし、われわれ“ビッグ3”は、いずれもあと10年足らずで、就業規則上の役員の定年を迎える。それまでに、その後の会社経営を担う社長を決める必要がある。今の薬局長やエリアマネジャーを課長、部長、役員にするには、毎年のように“特進”させても間に合わないかもしれない。
焦る気持ちの一方で、大きな疑問が湧く。わが社には、社長になりたそうにしている薬剤師がなぜいないのか、ということだ。社長の息子は薬剤師ではなく、薬局経営にも興味がないことは周知の事実であり、社内の誰もが社長になるチャンスがあることを知っているはず。あと10年、社長にひれ伏して、おべっかを使いまくって、社内や業界でメキメキと名を上げて、社長の座を虎視眈々と狙えばいいのに。
一般サラリーマンには、社長になりたくてウズウズしている働き盛りがいっぱいいる。それに対して、薬剤師には社長の椅子を狙うような野心家が少ない気がする。
ひょっとして、私の椅子がリサイクルショップで売れ残っていたものだと、みんな気付いているのだろうか。立派に見えるが実は中古だと知っているから、狙わないのか。あの時に奮発して、新品の椅子を買っておけばよかったのだろうか。でも買えなかった(涙)。(長作屋)
(日経ドラッグインフォメーション2014年2月号より転載)