イラスト:ソリマチアキラ

 会社を経営していれば、本意でなくとも、他人と戦わなければならないときもある。しかし、薬局経営者が決してケンカしてはいけない相手がいる。

 それは医師だ。

 薬局の“命綱”ともいえる処方箋の発行元とケンカするなんて、無謀もいいところだ。なぜなら医師は、「院外処方をやめて院内に戻す」という、どんな場面でも使えるジョーカーのような切り札を持っている。

 だが、患者さんのために、医師と薬剤師が衝突することもある。だから社長は、医師がジョーカーを簡単に出せないように手を打っておかなければならない。

 古い話である。地元で超有名な開業医が処方箋を院外に出したがっているという噂を聞きつけた。その先生は、地元の大病院を3年前に辞めて開業した消化器内科医だ。

 ボクも家族が入院して世話になったが、本当にいつ休んでいるのだろうと思うような人だった。昼間は内視鏡検査などで忙しそうだが、夜や土日なら、どんな時間帯でも面談してくれて、懇切丁寧に病状を説明してくれる。地元では「先生が市長に立候補すれば、絶対にトップ当選だ」と言われるほど、人望の厚い先生だ。

 その先生が開業して3年。外来患者は1日80人を超えていた。何度も何度も先生の所に通い、なんとかうちの薬局を選んでもらった。

 先生は「患者が緊急受診したときのために院内に薬を少し残したい」と言ったが、ボクは「24時間365日、薬局が対応するので、医院には一切、薬を置かなくても大丈夫」と胸を張り、院内の薬と調剤棚をうちの薬局が買い取ることで合意した。

 こうして着々と準備を進め、院内処方の最終日、土曜日の診療後に、薬と調剤棚を運び出した。もちろん、門前に作った新しい薬局には新しい調剤棚が入っている(開設許可を取る上で調剤棚が必要なのだから当然だ)。先生の棚は廃棄しようと裏の駐車場に置いていた。

 すると土曜日の23時ごろ、烈火のごとく怒った先生から電話があった。「うちの調剤棚が雨ざらしじゃないか!譲ってほしいというから、譲ってやったのに、どういうことだ」。怒り心頭に発した先生は、ついにあの切り札を持ち出した。「こんなことなら処方箋は出さん!院内に戻す」。

 ボクは「別の店舗で使うつもりで、明日の朝一番に運ぶ予定だった」と言い訳しながら、ひたすら謝った。そして深夜にもかかわらず、就寝中だった卸のS君に頼み込み、会社のワンボックスカーで調剤棚を倉庫に運んでもらった。

 先生は、院内処方に戻すと啖呵を切ったものの、冷静に考えると既に薬も調剤棚もないし無理だと思ったようで、次第に落ち着きを取り戻していった。

 実は、院内に薬を一切置かないように交渉したのは、このためだ。少しでも院内で調剤できる体制を残すと、ジョーカーを簡単に使われてしまう。時間外の対応は大変だが、その苦労に見合うだけの重要な切り札なのだ。

 普通に戦ったら絶対勝てないのだから、ケンカはしてはいけない。ただし、ケンカになったときのために、相手のジョーカーを使えないようにしておく。それがケンカに勝つための極意だ。

 さて、ここ1〜2カ月、医療機関の敷地内分業が話題になっているが、何が発端なんだろうと疑問に思っていた。そんな折、社長ネットワークに流れてきたのは、どうも九州方面で戦ってはいけない相手を怒らしてしまったのがきっかけのようだという裏話。ケンカする前に、ジョーカーを使えないようにしておかなきゃ、ダメなんだよなぁ。(長作屋)

(「日経ドラッグインフォメーション」2015年5月号より転載)