翌々日、出勤してきたB子に、兄と名乗る人からの電話の内容を伝え、今後どうしたいのかを尋ねた。するとB子は、「確かに兄は弁護士事務所で事務職員をしていたことがありますが、今は別の仕事をしています。先日、つわりがひどくて仕事がままならず迷惑をかけていることと、辞めた方がよいのではと院長から告げられたことを話したところ、『それは違法だから自分が話をつけてやる』と言いました。そんなことをしないでほしいと言ったのですが、申し訳ございません。再度話をします。今後の勤務については、夫と話し合ったところ、やはり今は出産を大事にしたいので、今月いっぱいで退職させていただきます」と言った。

 その後、B子の兄からの電話はかかってきていない。B子は退職届を提出し、円満退職という形になったが、院長にはすっきりしない出来事であった。

今回の教訓

 男女雇用機会均等法第9条は、「妊娠したことを理由に女性労働者に対して不利益な取扱をすること」を禁じている。今回のようなケースは年齢の高い院長に比較的多く見られ、均等法や育児休業法などの内容を知らず、妊娠したら退職するものだと思い込んでしまっていることがある。

 先だっても、「妊婦はいらない」と言って妊娠した女性職員を解雇した皮膚科診療所の院長が国の是正勧告に従わず、実名公表された。男女雇用機会均等法違反で事業者名を公表するのは初めてのことで、同院は「マタハラクリニック」などと報道され、不名誉なことで有名になってしまった。

 医療機関は女性職員が多く、出産や介護などで家庭生活と仕事の両立の問題に直面するケースが少なくない。今回の事例では最終的に本人の意思で退職することになったが、もし継続勤務を望むのであれば、いったん休んでもらった上で、有期雇用の形で代替要員を雇うといった対応を取る必要があっただろう。
 
 人員の少ないクリニックで長く休まれるのは無理だと諦めてしまうのではなく、発想の転換をして、優秀な職員に長く勤めてもらうことができれば、クリニックにもプラスだと思ってほしい。

 産前産後休暇を経て育児休業を1年取ったとしても、社会保険料は事業主分も含めて全期間免除されているし、代替要員を雇ったときの助成金もある。国の「中小企業両立支援助成金」(代替要員確保コース)では、「育児休業制度や育児短時間勤務制度について労働協約または就業規則に規定しておくこと」などの要件を満たせば、対象者1人当たり30万円の支給を受けることができる(対象者が有期契約労働者の場合は10万円を加算)。

 今回のケースは、本人の体調を思ってのこととはいえ、院長の退職勧奨は違法であり、多少の騒動はあったものの、こじれずに済んだのは幸いというべきであろう。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
加藤深雪(特定社会保険労務士、株式会社第一経理)●かとう みゆき氏。日本女子大人間社会学部卒業後、2003年第一経理入社。企業や医療機関の人事労務コンサルティングを手掛け、中小企業大学校講師や保険医団体の顧問社会保険労務士も務める。