翌日、幹部が電話しても留守電のままだ。その後、様子の確認を兼ねて同僚からAさんに連絡させると本人が出て、「業務のことで分からない点があれば電話で聞いてほしい」と答えたという。幹部の電話に対しては居留守を使っているようで、出勤する気はないようであったが、とりあえず病気で倒れているような状況ではないことが分かった。ちょうど給与の締めが来たので、出勤した分について給与を振り込んだ。

 その後も本人から連絡はなく、いつの間にかこちらからの連絡もつながらなくなり「音信不通」の状態となった。Aさんは自然退職の扱いとなった。

今回の教訓

 診療所では業務上のミスや行き違いなどが原因となり、職員が簡単に退職してしまう事態が時々発生する。常識的に考えれば注意されて当然の状況でも、その時の状況や本人の考え方を理由として退職願いを提出することもある。

 職員数が10人未満の診療所では就業規則の作成義務はないが、こうした事態が発生することも視野に退職に関するルールはきちんと定めておきたいところだ。職員が音信不通になった場合に備え、「欠勤から何日目(14日など)で退職として扱う」といった規定を設ける方法がある。

 今回のケースのように、本人が自宅にいることが分かっていて、院長ら幹部が今後のことを相談しようとしても連絡がつかない場合、「○○日までに連絡がない場合には、○○日に退職手続きを取ることになるのでご了承ください」といった内容と連絡先を記した文書を封書で自宅の郵便ポストに投函し、返信用封筒も同封しておくといった方法もある。

院内ルールの設定が不可欠
 自分の診療所ではそんなトラブルは発生しないと思っていても、実際はほとんどの診療所で人事に関するトラブルが発生し、その解決で苦労していることを考えれば、最低限の院内規約的なルールを作っておかなければならない。

 そして、職員トラブルが発生した際の院長の対応を、他のスタッフたちがじっと見ていることも忘れてはならないだろう。院長が毅然とした対応を取ることが組織を引き締め、同種のトラブルの再発防止につながる。

 なお、今回のケースとは直接関係ないのだろうが、事務職員の中でも医療機関以外から診療所に転職してきた人たちは、トラブルがあった際に退職につながりやすい印象がある。医療に従事するという認識が不足している、雇用条件(給与・賞与)が思ったよりも低い、業界特有の職場の関係(多職種のチーム構成、公私の境目のなさなど)が煩わしい、業務の専門性が想像以上に高い——。そんな理由が背景にあるように見える。

 もちろん一般企業からの転職者の中には高い目的意識を持ち、優秀な人もいるので、あくまで人物本位で採用すべきであるが、そうした事情も踏まえた上で人材育成に取り組むことも大切だと思われる。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
原田宗記(株式会社宗和メディカルオフィス代表取締役)●はらだ むねのり氏。1957年生まれ。医療法人の事務長、部長を経て1996年、宗和メディカルオフィス設立。医療機関や介護施設の開業、運営コンサルティングのほか、診療所の事務長代行業務を手掛ける。医療法人役員として医業経営にもかかわる。