Illustration:ソリマチアキラ

 「ここ数年間、ずっともやもやしていたけれど、今、やっと薬剤師としての自分の未来が見えた気がします」。T大学薬学部5年生のA君は、感涙にむせびながらボクにそう言った。

 A君は歳の離れた友人で、たまにゴルフをしたり飲んだりする関係だ。彼が大学2年生の時に出会ったのだが、最初は薬学生であることすら知らなかった。ボクが彼と食事やゴルフをするのは、それが楽しかったからで、決してリクルート目的ではない。だから、会社の話はほとんどしたことがなかった。

 久しぶりに会った時、A君は薬局実務実習を終えたばかりだった。ボクの顔を見るなり、薬局実習の感想を悲しそうに話し始めた。実習先では来る日も来る日も予製ばかりさせられて、患者対応や処方監査はほとんどさせてもらえなかったという。

 ボクは何度も「たまたま行った薬局が悪かったのだ」と口を挟んだが、薬局に魅力を感じなくなってしまった彼は、「病院実習では、薬学的な知識を使って、医師や看護師と一緒に患者に接することができると思う。すごく楽しみだ」と何度も繰り返した。

 次にA君と会ったのは、病院実習をあと3日残す夜だった。「どう?」と聞くボクに、彼はしょんぼりした顔で、毎日毎日、持参薬のチェックをしていると語った。期待が大きかっただけにショックも大きく、「あんなのは少し慣れれば誰でもできる。少なくとも6年間も勉強する必要はない」と、薬剤師という職業に希望が持てなくなってしまったようだった。

 ボクは無性に腹が立ってきた。薬局も病薬も、学生の夢を打ち砕く実習しかできないのか!もちろん薬剤調製も持参薬チェックも大切な仕事だが、薬剤師としての仕事の魅力や力量が本当に発揮されるのは、そこではないはずだ。

 しょげ返っている彼に、思わず「君の人生の3年間をボクに預けてみないか?」と声を掛けた。彼は福岡県出身で、父親は介護用品卸の経営者だ。3人兄弟の末っ子で、長兄は薬学部を卒業しMRを経て、今は父親の仕事を手伝っている。次男は理学療法士となり、介護施設で働いている。そんな彼の家庭環境を知っていたボクは、前々から彼の将来を思い描いていた。何を隠そう、ボクには勝手に人の将来設計をしてしまう癖があるのだ。

 在宅医療において、介護用品は必要不可欠だが、素人には選びにくく、患者や家族に提案できる知識と能力が求められる。薬局はその役割を担える場所だが、介護用品に強い薬剤師は、そう多くはない。逆に介護用品を扱う人たちは、介護には強いが医療に疎い人が多い。介護用品に強い薬剤師なら、訪問薬剤管理指導で医療と介護の両面から患者を支えることが可能なのだ。

 「医療と介護の架け橋になるような仕事ができるのは君しかいない。そのために、まず在宅をみっちり経験しろ」とボクは熱く語った。彼はしばらく黙っていたが、ポツリと「初めて、薬剤師という仕事に未来が見えた」とつぶやいた。

 彼はきっとボクの会社に入って、いい仕事をしてくれるだろう。そして何年か後には故郷に戻り、在宅に精通した薬剤師として活躍するに違いない。そう思うと明るい気持ちになるが、その一方で日本全国には彼のように将来ビジョンが描けずにもやもやしている薬学生がたくさんいると思うと、何とも切ない気持ちになるのだった。(長作屋)