C美は翌日以降、連絡のないまま欠勤を続けていたが、1カ月ほど経過したところで、都道府県労働局から「あっせん開始通知書」が届いた。「あっせん」とは、労働局が設置した紛争調停委員会のあっせん委員が、当事者の間に入って調整を行う手続きのこと。あっせん委員は、弁護士や学識経験者から選ばれる。あっせん手続きは、労働者だけでなく使用者からも申し立てが可能だ。
C美が申し立てた内容は、「院長からの事実無根の中傷で精神的な苦痛を味わったことによる慰謝料と、解雇の解決金として100万円の支払いを求める」というもの。院長は、すぐさま、知り合いの社会保険労務士に相談をしてみた。
社労士の意見は、「C美に対して院長が注意をしたのは初めてだし、解雇理由になるほどのハラスメント行為ではないと思われる。勤続年数が長いので、要求額の半分程度の支払いは覚悟した方がよい。ただ、採用難による人手不足の中でハラスメント行為をされて人が居着かなくなると、経営の根幹に関わる重い事態となる。辞めてもらうという判断は、経営者の立場としてやむを得なかった点を主張しておきたい」というものだった。
また、今回のあっせんで解決できなかった場合、C美が労働紛争の審判制度である労働審判を申し立ててくる可能性があり、そうなると金銭の支払額が大きくなることも考えられる。社労士は、そうした点からも、あっせんで和解するのが望ましいとアドバイスした。
後日、あっせんに妻とともに臨んだ院長は、社労士のアドバイス通り、「C美への対応は、求人難の中で経営上やむを得ないことだった」との意見を述べた。あっせん委員からは和解金として50万円を提示され、院長は、その額で和解をすることにした。
有資格者の求人難が大都市圏を中心に深刻化する中、今回の院長の対応は、ようやく採用できた看護師B子の離職を何とか食い止めようとするあまり、慎重さに欠けるものになったのは否めない。古参職員が自己中心的な振る舞いをするのは、よくあることだが、注意をして改善を促すことが先で、いきなり辞めさせることはできない。
スタッフに問題のある言動が見られれば、きちんと注意をしたり就業規則に基づいて始末書を取るなど、普段から指導し、その記録を取っておくことが欠かせない。今回のようなケースで、スタッフが労働基準監督署などに駆け込み、あっせんや労働審判に至るケースが増えているが、記録を残しておけば、そうした手続きを申し立てられた場合でも証拠として提示することができる。
また、問題のある職員のことを快く思っていないスタッフたちは、管理者がその問題にきちんと向き合っているかどうかを注視している。管理者が毅然とした姿勢を見せること自体、他のスタッフたちの離職防止にも寄与することになる。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)
加藤深雪(特定社会保険労務士、株式会社第一経理)●かとう みゆき氏。日本女子大人間社会学部卒業後、2003年第一経理入社。企業や医療機関の人事労務コンサルティングを手掛け、中小企業大学校講師や保険医団体の顧問社会保険労務士も務める。