llustration:ソリマチアキラ

 一昔前、薬局チェーンの社長の仕事といえば、病院前の土地を確保したり、患者を多く抱える医師と懇意にすること(ボクの最も得意とするところ)であり、一般のビジネス界でいう経営手腕は求められなかった(と思う)。

 ところが今は、しっかり数字を見て、締めるところは締め、攻めるところは攻めるという経営判断が求められるようになった。業績が低迷し、人員配置が難しい店舗を整理するのも社長の大切な仕事だ。

 当社の薬局は本社近隣に点在しており、スタッフが行き来しやすく、在宅訪問も融通し合える。ただA薬局だけポツリと、本社から100kmほど離れた“関西の奥座敷”と称される所にあり、スタッフの行き来は容易ではない。その地域はパート薬剤師が集まらないため2人薬剤師体制にせざるを得ないが、処方箋枚数はそこまでなく、利益はほとんど出ていなかった。それでも何とか頑張ってきたが、そろそろ限界だった。

 そこでA薬局の近隣で20薬局を展開する薬局チェーンのB社と資本提携することにした。と書くと、簡単そうに感じるかもしれないが、資本提携はそう容易ではない。何よりも重要なのは、働いている社員たちを不安にさせないように提携を進めることだ。何とかソフトランディングできればいいのだが……。

 そして今年1月、B社の取締役のC君が身分を隠してA薬局にやって来た。C君は実によくできた男で、すぐにスタッフに溶け込み、いつの間にかリーダーとしての地位を確立していた。

 3カ月が過ぎた頃、ボクはこっそりスタッフに聞いてみた。

 「彼はどう?」

 「いいですよ。Cさんが来て、調剤過誤防止の鑑査システムが入ったし、新しい事もどんどん教えてもらっています。何より人柄がいい」と、すこぶる高評価だ。

 C君なら大丈夫だと確信を持ったボクは、スタッフを集めて、こう切り出した。

 「C君に社長を替わろうと思っている。これからはC君がこの薬局の開設者となるけれど、私が会長としてバックアップするから心配しなくて大丈夫だよ」

 「えー、社長 ! そんなの勝手過ぎます。困ります ! !」

 そんな反応を覚悟していたが、実際は全く違った。発表した途端、歓喜の拍手が沸き起こり、皆が笑顔で「よろしくお願いします」とC君と握手し始めた。ソフトランディングするというボクの目論見通りの展開だ。

 でも、でも……。この20年を思うと、すごく寂しい気持ちになった。

 思えばA薬局は、ボクがMR時代にとてもお世話になったD医師が、御父上が亡くなったのを機に継いだクリニックの隣につくった薬局だ。医薬分業が今ほど進んでいない時代に、「薬のことは薬剤師に任せる」と言われ、月1回の症例カンファレンスにも呼ばれ、薬剤師でもないボクも参加させてもらい、一緒にバーベキュー大会もした。そのD医師も既に引退し、今では娘さんが継いでいる。

 薩摩藩主・島津斉興は、いったんは隠居したものの、息子の斉彬が亡くなった後に、甥っ子を祭り上げて、その権力を誇示しようとした。某団体の前会長も、現在の執行部を批判することで、権力を誇示して居場所をつくっている。150年以上たっても、人がすることはさして変わらない。社長たるもの、そんなさもしい人間になってはならぬ。スタッフは皆、うれしそうではないか。ならば、今が引き際だ。

 ふう…。今回は、ここいらでよかろかい。(長作屋)