イラスト:ソリマチアキラ

 ボクはそれほど合併・買収(M&A)に積極的ではないが、うちの会社にもM&A会社の営業マンがときどきやって来る。今日は、業界鳥瞰図ともいえる資料を携えて営業マンが訪れた。

 そこには大手資本が入った薬局チェーンと独立系の薬局チェーンの企業名が、地域ごとに、年商 50億円、70億円、100憶円以上に色分けされて列記されていた。

 その資料を前に、彼は「どれでも買収できるとしたら、社長はどの会社なら買いますか?」と聞いてきた。

 え〜!どの会社でも買えるの? ボクの会社もこれで大手の仲間入りだ ! !

 踊り出しそうな自分を必死に隠しながら、ボクは「これって、売り買いの話 ?」と聞いた。すると彼は、「いやいや、もしできるとしたら、ですよ」と一言。どうやら当社が大手になる道程にはまだ距離がありそうだ。ボクは急に冷静になった。

 資料に記載されていた近畿圏の独立系チェーンは 25社。ほとんどの経営者の顔は思い浮かぶし、多くは何らかの付き合いがある。だからこそ、どの会社なら買うかという問いに即答するのはためらわれた。

 反対に、たとえ資金があったとしても買わないと思う薬局はハッキリしていた。ボクがバツを付けたのは 7社。直観的に「要らない」と思ったまでだが、営業マンにその理由を聞かれて、「カッコよくないから」と答えた。

 実は最近、小さな文字を読むのに老眼鏡(嫌な響きだ)が必要になってきたが、まだ人前ではメガネをかけていない。この資料には企業名の下に小さな文字で何やら書いてあった。

 それで営業マンが帰った後に老眼鏡を取り出し、よくよく見たら、それは年商と決算データだった。そして、ボクがバツを付けた会社はなんと、全て減収減益だった。25社の中で減収減益だった 9社のうち、7社をボクは当ててしまった。かなりの確率だ。

 直観的とはいえ、そこにはボクなりの基準がある。営業マンには「カッコよくない」と話したが、これは薬局が汚いとか、本社ビルが古いとか、そういうことではない。ビジョンが感じられない、その会社の社長には業界に対する夢や愛がない、クリニック門前の小さな薬局ばかりが集まっている、キラリと光る社員がいない……などといった理由だ。 

 ふと、「この感覚、以前にもあったな」と思い至った。

 ボクが製薬会社のMRだった当時、多くの病院が潰れていったが、MR仲間とよく「A病院はダメだ」「B病院は生き残りそうだ」と話していた。病床が100床未満の病院は、総じて経営が厳しいが、その中でも専門性を打ち出すなど、強みがはっきり見える病院は規模が小さくても生き残った。そういう病院の院長はカッコよく、院内には活気があった。

 薬局も同じだ。今、経営的に最も厳しいのは中小チェーンだが、その中でキラリと光るカッコいい薬局は生き残れるのではないだろうか。

 ボクの会社はどうか。減収減益は1回も出していないが、明確な方向性を打ち出して戦略的にやってきたかと聞かれれば、そこまで自信がない。ただ、1軒ずつ大切につくってきたし、どの薬局にも思い入れがある。他人にどう思われようと構わないが、直感的にバツを付けられる会社にはしたくない。

 このご時世、あちこちで売り買いの話がなされているはずだ。どこかの社長にバツを出されているかもと思いながら、ツラい気持ちで老眼鏡を外し、机にしまい込んだ。 (長作屋)