院長が、なぜBに指導を依頼したのか尋ねると、「一番長く在籍している方が、最も詳しいと思ったので」と答えた。だが実は、Bは在籍年数の割に各業務にさほど詳しくはなく、後輩に十分な指導ができるような状況にはないというのが院長の評価であった。

 そこで院長は、Aには受付、会計、レセプト請求などの各業務につき、それぞれ教育担当を決めたほうがよいと判断した。また院長は、なぜBがAに指導しようとしなかったのかについて真意を確認する必要があると考え、機会を見計らって「Aさんは慣れた? 時々戸惑っている様子を見かけるけれど」とBに尋ねた。

 するとBからは、「Aさんから仕事を教えてほしいと言われて、実は困っていた」「院長が優秀な人だと紹介していたので、自分で何とかできるだろうと思っていた」という答えが返ってきた。Bとしては、Aが優秀と聞いていたので、いずれ自分よりも偉くなるだろうと考え、あえて自分から教えることはないと思い込んでいた節もあった。

今回の教訓

 院長としては、連携担当というポジションを新設したことの意義をスタッフに伝えたいとの思いがあり、Aに対する期待感も相まって、優秀な人材であると、ことのほか印象付ける紹介をした。しかし、それによりBがAに対して委縮してしまったかもしれないと反省し、Bには、本人のプライドを傷付けないように配慮しつつ「Bさんが教えてあげられる仕事を一つずつ教えてくれたらいい」と丁寧に伝えた。

 またB以外の職員に対しては、各自が担当している業務について、Aにただ見せるだけでなく「自分はこのように仕事を進めている」などと説明してあげてほしいと話した。

 一般企業を含め、中途採用者に対する教育が疎かになるケースはよく見られる。背景には、経験者だから教えなくても分かるだろうという思い込みがあり、また、新人のように手取り足取り教えるのは失礼ではないかという遠慮が働くこともある。

 しかし、経験者といっても、転職先で全く新しい業務を手掛けることもあり、本人は一から教えてほしいと思っていることが少なくない。管理職は、新卒者の場合と同じように教育担当を決めたり、周囲のスタッフたちに遠慮せず教えるよう伝えることが大切だ。

 また、中途採用者と他のスタッフたちの相互理解を深める場を設けることも検討したい。今回紹介したクリニックでは、院長の発案でミーティングを開催。Aが経験してきた地域医療連携の事例について本人に紹介してもらう一方で、前から在籍している職員にはクリニックの主な業務や、患者に喜んでもらった事例を紹介してもらうことで、各自が持っている経験や知識を共有できるようにした。

 ミーティングはまだ2回開催したのみだが、院長としては全ての職員にとって有意義なものとなり、成長につながることを期待して、今後も継続していきたいと考えている。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
齊藤規子(株式会社吉岡経営センター)●さいとう のりこ氏。北海道大学大学院法学研究科修士課程修了後、法律事務所勤務を経て(株)吉岡経営センター(札幌市中央区)入社。人事労務、組織管理、経営改善など医療機関を中心に経営コンサルティングを手掛けている。認定登録医業経営コンサルタント。