「あのスタッフルームの沈黙は、やはりその話が出たときのものだったのか」——。院長は自分の直観が正しかったと思いつつ、対応策を検討。まず、B以外の職員たちに、今回の業務の流れの変更についてどう感じたかを尋ねてみることにした。
すると「Bさんが一方的に話していたので、院長も承知の上で既に決まっていることなんだと思った」「忙しすぎると、食事会もできなくなると言われた」「少し高圧的だった」などの声があり、職員たちが不満を抱いていることが分かった。院長は、今後何らかのトラブルの原因につながることを懸念し、再度Bと面談することとした。
二度目の面談の場で院長は、まず日頃の業務管理や気配りに対する感謝の意を伝えた上で、「今回の業務フロー変更については、他のみんなの意見を聞いて話し合うことが必要だったのでは」と諭した。Bとしては、全員が働きやすい環境を整えることが自分の役割と責任であるとの自負から起こした行動だったが、他の職員が戸惑いや不安を抱く可能性については想定していなかったようで、「少し性急だったかもしれない」と反省している様子を見せた。そこで院長は、今後、自分自身が旗振り役となって、クリニック全体で業務改善に取り組む旨を伝えた。
まず今回の業務フロー変更については、職員全員から意見を聞き取った結果、業務連絡の効率化自体は全員が必要性を感じていることが分かった。そこで、Bだけが院長との連絡役となる方法を改め、緊急の場合を除いて報告の時間帯を決めるとともに、当番を決めて順番に連絡役を務める方法に変更した。
それとともに、様々な面からの業務改善について院長と職員が意見交換をする機会を定期的に設け、そのミーティング終了後に、院長やスタッフ同士の交流を深めるための食事会を開催することを決定。勤務の都合で参加できないパート職員にはアンケートを配布して、意見や要望を伝えてもらうこととし、それらの意見をまとめる役割をBにお願いすることにした。
リーダーへの「任せきり」がトラブルを生む
リーダー格のスタッフが、責任感や強い自負から様々な「業務改善」策を打ち出すことはよくある。その意識の高さ自体は評価に値するが、講じた改善策の内容に問題があったり、他のスタッフの不満の種になるケースもしばしば見られる。組織の管理者が、リーダー格のスタッフに任せきりにしていると、不満を持つ人たちの退職にもつながりかねない。
リーダーに対しては、意思決定をするのは、あくまで管理者であることを伝えておくことが肝要だ。その上で、リーダーと密にコミュニケーションを取り、本人が何を考え、どうしようとしているのかを把握する必要がある。
今回紹介したクリニックでは、開業して約6年の間、院長が職員の満足度を高く維持できるような目配りをしてきたつもりだったが、思わぬ落とし穴があった。院長にとっては、クリニック全体で推進すべき業務改善については、トップ自らがけん引しなければならないことを改めて認識する機会となった。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)
齊藤規子(株式会社吉岡経営センター)●さいとう のりこ氏。北海道大学大学院法学研究科修士課程修了後、法律事務所勤務を経て(株)吉岡経営センター(札幌市中央区)入社。人事労務、組織管理、経営改善など医療機関を中心に経営コンサルティングを手掛けている。認定登録医業経営コンサルタント。