院長はBの言葉を聞いて、「そういえば、自分からは看護師長に業務の引き継ぎの件を依頼したが、B本人には十分に伝えていなかったかもしれない」と気付かされた。Bに対しては、改めて「前看護師長に代わるリーダーとしての役割を果たしてほしい」と依頼。併せて、Bに対する信頼や期待の大きさ、周囲の職員も協力を申し出ていることなどを丁寧に説明したほか、院長自らが相談に乗り、Bのサポートを行うことを約束した。

 Bは「少し考えさせてほしい」と答え面談は終了した。仮にBが退職するようなことがあれば、業務が滞ることが容易に想像できたため、院長は気を揉んだが、Bは翌日、「できる範囲で頑張ります。よろしくお願いします」と院長に告げた。その後は、率先してミーティングを行う姿が見られるようになり、ようやく院長は安堵したのだった。

今回の教訓

 Bは、クリニックの運営方針や、院長、他の職員に不満を持っていたわけではなく、単に責任が重くなることを避けたかっただけのようであり、時々院長のアドバイスを受けながら、管理職としての責任を伴う仕事を担ってくれるようになった。リーダー不在によって、院内業務のスムーズな実施や安全管理に影響が出ることを懸念していたのだが、周囲の職員もBに相談する様子が見られ、コミュニケーションもまずまず円滑なようだ。

 院長は一連の経緯を振り返り、Bに業務を引き継いでもらうに当たって「前看護師長に代わるリーダーとしての役割を果たしてほしい」という思いをどうしてはっきり伝えなかったのだろう……と、自身の対応を反省した。結果的にはBの理解と協力が得られたわけだが、院長の態度によっては、Bが退職する可能性もあった。スタッフに新たな役割を与えるような場合には、自分自身が明確な言葉で伝え、思いを共有しなければならないのだと痛感した。

 医療機関に限らず、現場のトップが「管理職なら、これくらい分かってくれているだろう」と思っていたものの、実は当人が認識していなかったということはよくある。トップの方から機を見て積極的に声掛けをして、互いの認識に齟齬が生じていないか、それとなく確認しておくことをお勧めしたい。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
齊藤規子(株式会社吉岡経営センター)●さいとう のりこ氏。北海道大学大学院法学研究科修士課程修了後、法律事務所勤務を経て(株)吉岡経営センター(札幌市中央区)入社。人事労務、組織管理、経営改善など医療機関を中心に経営コンサルティングを手掛けている。認定登録医業経営コンサルタント。