また、勤務時間中に業務と関係がない私的行為を行うことは、職務専念義務違反となることも忘れてはならない。職員は労働時間中、定められた仕事をし、その対価として賃金が支払われる労働契約を締結している。従って、勤務時間中は職務に専念しなければならないのは当然のことである。

 勤務時間中に個人所有のスマートフォンの使用がしばしば見られ、注意をしても改まらないようであれば、職務専念義務違反として懲戒処分の対象とすることも考えなければならない。その時間は労働をしていないわけであるから、程度によっては、賃金を支払うべきかどうかという問題も発生する。

学校などからの電話連絡は職場に

 さらに、情報漏えいリスクの問題もある。スマートフォンには通常、カメラ機能が備わっており、カルテなど患者の個人情報に関わるものを撮影することもできる。もちろん、わざわざそのような行為をすることは考え難いのだが、過去には旧社会保険庁における有名人の個人情報の盗み見などの事件も報じられている。例えば、著名なスポーツ選手や芸能人が来院した際、住所などの個人情報を記録しておきたいという衝動に駆られるスタッフが出てこないと言い切れるだろうか。経営者としては、「スタッフがそんなことをするはずがない」という“性善説”に則って考えたいところだろうが、防止策を講じておくことは必要だ。

 今回のB子のように、保育園などから緊急の連絡があった場合に備え、携行しておきたいというスタッフもいるかもしれないが、その場合は職場に電話をしてもらえばよい。携帯電話が一般的でなかった時代は、子どもが通う学校などで何かあれば、職場に電話がかかってくることが当たり前だったし、それで特に問題は生じていなかったはずだ。実際に職場に電話がかかってくれば、周りの職員も事情を理解できるので、早く帰宅する必要が生じた場合などにも理解を得やすくなるだろう。

 今回紹介したA診療所では結局、仕事を始める前に、個人所有のスマートフォンを各自のロッカーに収めてもらうことをルール化した。その際、院長が職員全員を集めて新ルールを説明したが、B子を吊るし上げるようにはしたくなかったため、個人の問題への対処であると受け止められないよう、ルール新設の理由をしっかり説明。B子に対しては、事前に呼び出して説明するとともに、保育園で何かあれば職場に連絡してもらうということで理解してもらった。

 スマートフォンの使用に限ったことではないが、スタッフの問題に対し「これくらいはいいだろう」と大目に見て介入しなかった結果、いつの間にか職場の組織風土が悪化するなど、影響が大きなものとなることがある。職場で何らかの問題が生じた際、背景に「全体を管理するルールの不在」の問題がないか、改めて振り返ってみることをお勧めしたい。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
服部英治●はっとり えいじ氏。社会保険労務士法人名南経営および株式会社名南経営コンサルティングに所属する社会保険労務士。医療福祉専門のコンサルタントとして多数の支援実績を有する。