ボクは、通勤途中にあるドラッグストアで、幾つかの商品を定期的に購入する。例えば、血圧に効果があるというトクホ(特定保健用食品)のお茶。時々、お気に入りの歯磨き粉とマウスウォッシュも買う。そして夏近く、雨の日に履く靴のムレが気になる時は、抗真菌外用薬を予防で買うことがある。もちろん、これも銘柄が決まっている。
先月、ドラッグストアでいつもの抗真菌外用薬を手に取った瞬間、30歳前後の登録販売者の男性が「そのお薬と同じ効き目で、3倍の量が入っていて同じ値段のものがあるんですよ。このタイプのお薬は、足の裏全体にたっぷり塗ることが大切です(僕は、足の裏は気にしてないのに)。しっかりお使いいただくためにも、こちらが良いと思います」と、説明してきた。そして、箱の表示を見せながら「ほら、ここに同じ成分が書かれているでしょう?」と話した。
アラ還のボクには小さ過ぎて見えなかったし、推奨品を売るためのトークだと思っていたが、抗真菌外用薬の使い方を押さえた鮮やかな説明っぷりに、ボクは彼の薦める商品を買った。
それにしても、このボクに抗真菌外用薬のジェネリック品をまんまと買わせるなんて……。その青年は知る由もないが、何を隠そう、ボクはMR時代、抗真菌外用薬のプロモーションで、複数年連続でぶっちぎりの全国トップだったことのある男なのだ。
当時、既に幾つかの抗真菌外用薬が販売されている中で、ボクの会社は遅れて別の系統の抗真菌外用薬を上市した。切れ味があまり良くないと評されており、明らかに負け戦だった。まっとうに戦っても勝ち目はない。そこでボクはある戦略を思い付いた。とある大学病院の医局での説明会で、約30人の皮膚科医たちを前に、「今回、上市した抗真菌薬は、既存の他製剤とは基本骨格が異なります」と切り出した。「セフェム系の抗生剤に反応しなかった患者さんに、同じセフェム系の抗生剤を投与しないと思いますが、それと同様、既存の薬が効かない症例には別の骨格を持つ抗真菌薬に切り替える方が、効果が期待できると言えます」と話した。さらに、「大学病院では既に治療を受けて軽快しなかった患者さんが受診するケースが多く、先生方の患者さんのほとんどは、既存の抗真菌薬による治療を経験していると考えるべきです。つまり、先生方にとってのファーストチョイスは、基本骨格の唯一異なる、弊社の製品と言えます」と説いたのだ。その帰り道、同席していた学術部長から「お前なぁ、いい加減なことばかり言ってると、そのうちエラい目に遭うぞ」と、ボソリと言われたのを今も覚えている。
しかし、学術部長の心配をよそに、ボクの説明は医師たちの心をつかみ、製品は売れに売れまくった。今なら、エビデンスうんぬんなどと言われて撃沈したに違いない、古き良き時代の話だ。
それにしても、この登録販売者の青年、父親ほどの年齢の顧客に対して、物おじすることなく堂々と、商品を薦めるなんて、なんとも頼もしい。そんなことを思いながら、家に帰って眼鏡を掛けてよくよく見ると、製品の箱にはなんと別の一般名が……。かなりおっちょこちょいのところがありそうだが、それを補って余りあるコミュニケーション能力に、ボクの心はつかまれた。うちの会社の在宅営業に引き抜くか!!(長作屋)