A診療所の事務職員のリーダー格であるB子は、同院のことを知り尽くしている古参スタッフだ。院長からの信頼も厚いが、あるとき、本人のSNS(交流サイト)への投稿が元で他のスタッフとの間に溝が生じることになってしまった。
新型コロナウイルス感染症が流行する前のことだが、B子は院長に誘われて高級レストランで食事をした。その模様をSNSに投稿したことで、職場内の雰囲気が悪化してしまったのだ。他の職員は、会食のことを知らなかったようで、「なぜB子だけが誘われるのか」「院長とB子の関係はどうなっているのか」と様々な疑念を生んでしまった。
「なぜ私たち抜きで?」
B子は個人のアカウントでSNSに日常の出来事を投稿しており、それが半ば趣味のようになっている。今回の投稿内容は、高級感のある店内と、おいしそうな料理の写真を載せたもので、「トップとともに経営戦略会議中!」と書かれていた。事務職員のC子が、たまたまこの投稿を見つけ、同僚たちと共有。写真にはB子以外の人物は写っていなかったが、男性の手が写っており、職員たちは「これは院長の手に違いない」とうわさし合った。
院外の人物がその投稿を見れば、「経営者から絶大な信頼を受けていて、しかも高級レストランで戦略会議をするとは非常に優秀な人材なのでは」と受け止めるかもしれない。実際、今回の投稿でもそうした反応が複数見られた。
しかし、職場の仲間としては、B子だけが会食に誘われるというのは気分の良いものではない。他の職員たちも患者サービス向上や業務改善に向け試行錯誤をしており、「なぜ私たち抜きでそんな打ち合わせをするのか」といった不信感も生じたようだ。
院長は、食事の件が院内で問題視されていることをある職員から知らされたが、当初は「何がいけないのか」と困惑気味だった。B子と食事をしたのは事実だが、診療が長引いて遅い時間になったため「夕食を取りながら」となっただけのことであり、高級レストランを選んだのも、近くの飲食店だと近隣の患者が客として来るかもしれないと思ったからだ。それに、「トップとともに」と書かれていても、勤務先を書いているわけでも「トップ」の顔が写っているわけでもないので、問題ないのでは──。院長はそう思ったが、このまま放置するわけにもいかず、社会保険労務士に相談してみることにした。
私的な投稿も内容次第では…
今や誰もがスマートフォンを持ち、メッセージのやり取りなどで日常的にSNSを利用する時代となった。医療機関としても、PRになることから、積極的に活用するケースが増えている。一方で、職員のプライベートな投稿には踏み込まないというのが当たり前のように認識されており、実際、多くの医療機関では職員の私的な投稿は管理外として扱っている。
しかし、個人のアカウントによる投稿であっても、今回のように業務のことに言及し、しかも、内部の職員の誤解を招いたり職場の雰囲気の悪化につながるものであれば、話は別だ。
社労士のアドバイスを受けた院長は、まず、今回の件についてB子と話をした。職場内に不穏な空気が流れていることなどを伝えたところ、B子は「高級レストランに行く機会などめったにないので、嬉しくて投稿をしてしまいました」と涙ながらに語った。全員の前で、今回の打ち合わせの経緯や内容について始終を伝えてもよいとのことであったため、院長が他の職員に対して事情を説明することにした。
SNS投稿時の注意点を話し合う
翌日の朝礼で、院長は「過去に退職していった職員がどんな理由で辞めたのか、私が把握できていない退職者の本音をしっかりと把握しないと定着率が上がらないということで、長く在籍し、事情をよく知るB子さんから、食事をしながら話を聞きました。誤解を招く部分があり、申し訳なく思っています」などと経緯や心情を正直に語った。スタッフからは、「今後業務改善などを進める上で、スタッフの意見が生かせるようであれば、院内ミーティングの場を利用して私たちの声も聞いてほしい」といった声が出た。
院長はその後、職員が私的にSNS投稿を行う際の注意点を全職員が話し合う場を用意。A診療所の職員という立場を考えた場合に、投稿に際し注意すべきことなどを議論した。考え方が思った以上にバラバラで、院長は驚いたものの、一応のコンセンサスを見いだすことができた。
院長にとっては、SNSの影響力の大きさを改めて知る機会となった。患者情報の漏洩防止などの観点からも、普段からこうした議論をしておくことが欠かせないと痛感したようである。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)
服部英治●はっとり えいじ氏。社会保険労務士法人名南経営および株式会社名南経営コンサルティングに所属する社会保険労務士。医療福祉専門のコンサルタントとして多数の支援実績を有する。