Illustration:ソリマチアキラ

 薬局経営を始める前、ボクはある外資系製薬会社のMRだった(当時は、「プロパー」と呼ばれていたが……)。

 このコラムでも何度か触れたが、ボクの営業成績はいつもトップだった。天職だと思っていたし、こんなにいい仕事は他にないと思っていた。MRの仕事は、症例と薬を結び付けて説明できることが何より重要だ。「こういう病態の患者にはこの薬がいい」と分かってもらい、医師の治療方針にその薬を組み込んでもらうことができれば、ボクが寝たり遊んだりしている間にも、処方は出続け、売り上げは伸び続ける。

 他の業種の営業はそうはいかない。最近、ボクの会社に自動車販売会社の元営業マンの若者が入社した。彼もトップセールスマンだったらしいが、成績を維持するためには、車を売り続ける必要があった。次々と顧客を探さなければならなかったのだ。

 ひるがえって薬局はどうか。実は、薬局はMRの仕事よりも、もっと手堅い。慢性疾患で、何度か同じ薬局を利用した患者は、よほどのことがない限り、その薬局に通い続ける。立地が良くて、薬剤師やスタッフがそれなりに対応していれば、患者は集まるし、比較的高率でリピーターとなってくれる。正直、顧客を開拓し続ける苦労がほとんどない。

 当社の慢性疾患患者の1人当たり調剤費(薬剤費含む)の平均は30日処方で9700円程度だ。50代が案外多いので、仮に年齢を55歳としよう。日本の平均寿命は、男性81.64歳、女性87.74歳。医療機関が移転したり、薬局がなくなったりしない限り25~30年近く、薬局に通い続けてくれることになる。55歳男性患者は、1万円/月として年間12万円、25年間通ってくれたとすると、300万円の薬局の収入を生み出してくれることになる。経営的な視点で言えば、患者1人ずつが15年、20年ほど先までの売りが立つことになる。

 そこで不思議なのは、300万円の売り上げが見込める顧客を、どうしてもっと大切にしようという気持ちにならないのか、ということだ。顧客満足度を高めることを常に考え、取り組んでもいいのではないだろうか。

 新型コロナウイルス感染症が流行する前、海外渡航した際に、飛行機をアップグレードしてファーストクラスに乗ったが、キャビンアテンダントの顧客対応は素晴らしかった。感激したボクは、その人に、「次に乗る機会がないお客さんも多いと思うが、どうしてそこまで丁寧に応対をできるの?」と聞いた。すると、その人は「目的地まで移動できるのは当たり前で、その間、いかに満足してもらえるかを常に考えている。全社員一人ひとりがそれをやり続けることが会社のイメージを作ると教育されている」と話した。

 ボクがさらに感激したことは言うまでもない。全スタッフが、薬を正しく渡すことは当たり前で、処方箋を持参された患者さんに、いかに満足してもらえるかを考え続けることが大切なのだ。300万円を使うお客様だから大切にせよとか、感染症で1回限りの患者はどうでもいいと言っているわけではない。平均単価が高く、粗利率が高く、リピーター率が高い——。そんな恵まれた業種であることを肝に銘じて、顧客を大切にする心をもっともっともっと養ってほしい。

 医療人でありながら、顧客を大切にする商売人の心も大切だ!そんな風にボクは思う。
                                        (長作屋)

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