イラスト:畠中 美幸

 X内科診療所に勤務する66歳の看護師Y子。定年は60歳と定めているが、元気な方でもあり、60歳以降も定年前と同様にパートタイマーとして、フルタイムに近い勤務時間で働いてもらってきた。

 ところが最近、他の職員たちから、「いつまでY子さんを雇い続けるんですか」という話が出るようになった。詳しく聞いてみると、患者がY子に関する苦情を、本人ではなく他の職員に伝えることがあり、その対応に苦慮しているという。苦情の内容は、例えば注射に関して「もっと正確に打ってくれる若い看護師に対応してもらいたい」といったものだ。

 また、ベテラン故に組織内で影響力があって、やりにくいとの声も聞かれた。院長はY子とともに長く働き、年齢を重ねてきたが、自身も含め、様々な局面で若い職員との認識の差が開きつつあることを感じた。

 X内科診療所の就業規則には、定年後の処遇に関する規定が盛り込まれているが、正職員を対象としたもので、パート職員が定年後も働き続けることを想定したルールは存在しない。今後、Y子の雇用のあり方をどうすべきかと思い悩んだ院長は、知人に紹介してもらった社会保険労務士に相談してみることにした。

正職員同様、定年後は嘱託に

 人生100年時代と言われる中で、Y子のように65歳を超えて働くのは、今や多くの職場で当たり前の光景になっている。特に、人手不足の傾向も相まって、医療機関や介護施設・事業所においては、その傾向が顕著である。

 高齢のスタッフを継続的に雇用する際に盲点になりやすいのが、パート職員の処遇だ。一般的に、医療機関や介護施設・事業所で正職員が定年年齢に達し、継続雇用する場合、嘱託職員という雇用区分で処遇するケースが多い。これに対し、定年前からパートタイマーとして働いている場合には、定年前後で働き方が変わらないケースが少なくないことから、定年後の処遇が曖昧になりやすい。定年後も同じ雇用区分のまま、パートタイマーとして働いてもらっているというのが、よくあるパターンである。

 X内科診療所の院長から相談を受けた社会保険労務士は、開口一番、法律上(高年齢者雇用安定法)、70歳までの就業確保措置が求められている中で、66歳のスタッフを雇っているのは時流に合っている、と述べた。一方で、ルールが明確になっていない点は問題であり、今後のことも考えて早急に整備した方がよいとアドバイスした。

 そこで、X内科診療所では、雇用区分を整理。正職員、パートタイマーとも60歳を定年とし、それ以降も働く職員についてはパートタイマーも嘱託職員として扱う形にした。また、働き方に応じて2つの類型を設け、Y子のようにフルタイムかそれに近い状態で働く場合と、その他の場合を区別。それぞれに関する処遇面のルールを設定することにした。さらに、経営者と当該職員の間の緊張感を保てるよう、1年ごとにしっかりと雇用契約の更新手続きを行うことも取り決めた。

 こうしたルールを設定しておくことで、患者からの苦情が多い職員に対しては、契約更新をしなかったり、勤務日数・時間を減らすといった対応も可能になる。実際、X内科診療所でも、契約更新の際の判断基準として「患者からの苦情の頻度」「業務処理スピード」といった内容を盛り込んだ。

 また、定年前の職員と嘱託職員との違いを明確にすることによって、例えば正職員を優先して外部研修に参加させやすくなるし、高齢職員の職場における影響力をある程度抑制することにもつながる。

職場の空気をさらに悪くしないよう慎重な運用を

 ただし、それまで何もルールや制度がなかった職場で、こうしたルールを制定すれば、対象者が排除されるような雰囲気になりやすく、ルールの設定・運用は慎重に行うことが欠かせない。対象者がふてくされ、かえって職場の雰囲気が悪化する可能性もあり、特に小さな職場では大変窮屈な状況になりかねない。X内科診療所においても、その点が大いに懸念された。

 そこで院長は、Y子を呼び出し、まず患者から苦情が出ていることをきちんと伝えた。その上で、今後は嘱託職員として働いてもらい、雇用契約は1年ごとの更新となるが、現時点では従来の処遇を維持することを伝達し、安心感を持ってもらった。

 さらに院長は、Y子の接遇については他のスタッフが見習うべき部分も多いため、職場全体の接遇面のアドバイザー的な役割を担ってもらいたいと話した。これは、そうした任務を課す代わりに、その他の業務に関する指示は次の世代に任せてもらいたいという意図を込めたものであり、Y子もそれを汲み取ってくれたようだった。

 その後のX内科診療所では、世代交代の雰囲気が感じられるようになった。Y子は組織を周りから支えてくれる存在となり、今では、職場内のギスギスした感覚もなくなったという。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
服部英治●はっとり えいじ氏。社会保険労務士法人名南経営および株式会社名南経営コンサルティングに所属する社会保険労務士。医療福祉専門のコンサルタントとして多数の支援実績を有する。