Illustration:ソリマチアキラ

 ボクの会社には、毎年5~10人程度の新人が入ってくる。入社後、幾つかの薬局で外来と在宅も担当し、薬剤師としての一通りの経験を積む。そして早い人なら、30歳前後で小さな店舗の薬局長に、さらにマネジメントを学びエリアマネージャーになれば、40歳くらいで年収700万円に手が届くくらいになる。それほど大きな組織ではないので、やる気と能力とタイミングが合えば、その後、役員になるのも難しいことではない。

 研修や評価制度はそれなりに整っているし、労務管理もしっかりやっている。手前味噌だが中小チェーン薬局としては、悪くない企業だと思う。にもかかわらず、30歳を過ぎた頃には1人、2人と辞めていく。なぜなのか……。

 ボクは、「辞めたい」と言う薬剤師には、できるだけ会って話をする。せっかく育ててきたのに辞めてほしくないという気持ちももちろんあるが、それだけではない。入社前の面接時に、ボクは彼らに「キミの薬剤師人生を長作屋薬局に預けてほしい」と話している。だからボクには彼らの人生に関わる責任があると思っているからだ。

 辞める理由を聞いて、「それならそっちで頑張れ」という話になることもある。その人の人生を考えて、その方が良いと思えたときだ。しかし、それはまれで、聞けば聞くほど危なっかしくて「とにかくオレの言うことを聞いて、ここで頑張れ」と言いたくなることがほとんどだ。

 そもそも辞めるに当たって、やりたいことがあって転職先が具体的に決まっている薬剤師は多くない。将来ビジョンがないのならば、うちクラスの薬局から他の薬局に転職するメリットはそれほどあるとは思えない。それにしても世間を知らなさすぎるし、薬剤師という免許に守られた職種を過信している。

 大手チェーン薬局では、35歳以上の薬剤師は採用しなくなってきている。しかも、病院からがん領域の専門薬剤師を高給で引き抜いているとも聞く。運良く大手チェーン薬局に入社できたとしても、生え抜きの優秀な薬剤師や病院薬剤師からの転職組との競争が待っている。もちろん、そこを勝ち抜く覚悟で転職を決めるならいい。だけど、長作屋薬局の薬剤師たちは人間的にはいいヤツばかりだが、のんびり育っていて、とてもそんな競争社会で勝ち抜いていけそうにない。

 転職市場では、規模の小さい薬局ほど高い給与を提示する傾向にある。先日、「辞めたい」と言ってきた薬剤師は「〇〇薬局に行けば年収が100万円アップする」と話す。確かに魅力的だが、その会社の平均昇給率は調べたのだろうか。特に、うちより小規模なチェーン薬局の台所事情はそれほど良くないはずだ。そのまま給与が上がらない可能性もある。薬剤師として成長でき、マネジメント能力を高める機会が得られるのか。その薬局が地域でどこまで頑張るつもりかなども調べておかないと、あっという間に大手チェーン薬局に買収される可能性すらある。目先の100万円に惑わされず、自分の人生をゆだねられるかどうかを見極めることが大切だ。

 この先、薬局業界は大きく変化していくだろう。今、辞めたい理由は、単なる愚痴ではないか。隣の芝が青く見えるだけではないのか。今以上の人生が開ける転職かどうかを考えてほしい。「辞めたい」と話すキミに、ボクはそう伝えたい。 (長作屋)