Illustration:ソリマチアキラ

 「いや、あの、その、えーーー」と、しどろもどろになっているのは、ボクの会社のメインバンクであるA銀行の取締役執行役員のAさんだ。いつもは猪のような勢いの人で、運転手付きの車があるにもかかわらず、自らアポイントを取り、一人でやってくる。そして、来社するなり一気にボクのデスクの前まで突進してきて、気が付いたら横に立っていることさえある。そんな人だ。

 その日も、来訪するなり今期の業績はどうか、新店の状況はどうか、と矢継ぎ早に質問してきた。かと思うと、銀行業界はどうだとか、こうだとか話し続ける。同席していた経理担当部長は、そのマシンガントークに圧倒されて目を白黒させている。が、Aさんはお構いなしだ。そんな姿を見ていて、つい、いたずら心がむくむくと沸き起こってしまった。押されっぱなしは性に合わない。

 そこで「ところで、銀行の顧客評価というのは、最近はどういうものですか。結局、担保の有り無しなんでしょ?」と切り込んだ。すると「いやいや、そんなことはないですよ。担保より業績、その会社の将来性を見させてもらっています」とAさん。「支店長も担当の方もそう言ってました。うちを高く評価してくれて、駅より北側には長作屋よりも業績のいい会社はないといつも褒めてくれます」と話すと、Aさんはしきりにうなずく。「でもね。ついこの間、運転資金を借りようと思ったのですがね……」とボク。

 実は、つい先日、ボクはこの銀行から1億円を借りようとして断られたばかりだったのだ。特に困っていたわけではないが、調剤報酬改定もあるし、念のため今後の運転資金として借りておこうと思ったのだ。担当者は随分喜んでスキップして帰って行った。しかし、その2日後、「額が大きいので支店長決裁が下りず、本部決裁が必要ですのでもう少し時間をください」と連絡が入った。さらに2日後、1億円は難しく、5000万円なら可能と言ってきた。

 「ボクね、傷ついたんです。30年近くお付き合いして、業績や資産、人材のことなど全部知った上で高く評価してくれていると思っていたのに5000万円しか貸していただけないと言われて、どんな気持ちだったか分かります?」と問いかけた。そして「ボクが高校生で、彼女とのデートの日に5000円しかなかった。これだけあれば足りると思うものの、何が起こるか分からない。そこで母に1万円貸してほしいと頼んだところ、『何に使うの?5000円あれば十分でしょ!』と言われた時のような気持ちだったんですよ」と続けた。母はボクが派手な遊びをするような子ではないことを知っているはずだし、ボクだってそんなつもりで借りようと思ったわけじゃない。大切なデートで念のためと思ったのに……。

 そう話すうちにAさんがどんどん小さくなっていくのが分かった。先ほどの勢いはどこへやら、「理由をきちんとご説明できていかなかったようで……(汗)」などと要領を得ない。ボクは、「いいんです。ご事情があると思いますし」と理解を示しつつ、「頑張りが足りないのだと、改めて教えていただいた気持ちです」とダメ押しの一言。Aさんの体はさらに小さくなった。

 会社を出た途端、彼はスマホを取り出して電話をかけていた。担当者は怒られているに違いない。きっと夕方には電話がかかってくるだろう。あー、すっきりした。(長作屋)