長期化した新型コロナウイルス感染症の流行により、常に緊張感を保たざるを得ず、ピリピリした雰囲気が長く続いていた医療機関は少なくない。少なくないというよりも、ほぼすべての医療機関がそうした状況であったといっても過言ではなく、実際、精神的に疲れ果てた看護師などの職員が相次ぎ離職した、という医療機関も多く存在している。
最近になって重症化する患者が減少してきたこともあり、その緊張感は緩和傾向にある。市中には観光客を含めて人があふれかえり、飲食店においても、かつての活況が戻ってきているように感じられる。
A眼科診療所では、新型コロナウイルス感染症の流行当初より飲食店はもちろんのこと、職場内においても、感染防止のために職員同士が会話しながら飲食することを禁止していたが、昨今の状況を鑑みて、年末に忘年会を開催することにした。かつては毎年、忘年会を行っていたが、この数年間は開催をしていなかった。そのため、B院長は職員への慰労の思いも込めて、少しお金を掛けてホテルで開催しようと考え、ホテルとの予約調整に入った。
コロナ禍以前のA眼科診療所の忘年会は、毎年パートタイマーも含めて全員が参加していた。子どもを持つ職員は親子で参加し、みんなで楽しんだ後、職員はカラオケで日ごろのストレスを発散するなど、職員間の親睦を深める良い機会であった。そうした思い出がB院長の脳裏に焼き付いていたことから、今年も当然、全員が忘年会に参加してくれるだろうと思っていたところ、思いがけず参加希望はベテランの職員だけであり、その他の職員は参加表明をしなかった。
想定外の事態にうろたえた院長は、ベテラン職員から他の職員へ参加を呼びかけてもらった。何とか1人を除いて全員が参加することになったが、事務職員のC子だけは参加をかたくなに拒んでいた。C子はコロナ禍に入職した20歳代の職員で、B院長はC子の歓迎会すら行っていない状態に申し訳なさを感じていた。そのため、C子が忘年会に参加しないことに大変がっかりした。
やがて、そのがっかりは「C子の行為は組織の一体感を阻害するものではないか」と怒りや不信感へと変わった。そこで、C子の行動に対して、ペナルティーを科すことができないかと、顧問の社会保険労務士に相談をした。
強制参加なら業務扱いで賃金発生も
顧問の社労士からの回答は、「忘年会の不参加くらいでペナルティーを科すことはできず、強引にそれをやれば、余計に組織の一体感がおかしくなるのではないか」とのことであった。その根拠として社労士は、忘年会の参加はあくまでも任意によるものであり、強制ではないこと、勤務時間終了後の時間帯は勤務ではないことなどを説明した。
仮に強制参加とするのであれば業務命令となるので、その時間は労働時間に該当することになる。通常勤務が終了してから参加する職員は、法定労働時間を超過していれば割増賃金が発生するし、そもそも勤務シフト外の職員が忘年会のためだけに来たのであれば、その時間について賃金支給が生じるとのことだった。忘年会への参加を業務の一環として位置付けるか否か、改めて判断が必要となったが、B院長は任意として強制しないことにした。
結局、A眼科診療所では予定通り忘年会を開催し、C子以外が参加した。後日、B院長がC子と話したところ、本人から「忘年会を開催しないと職場の親睦が図れないというのは、おかしいのではないか」との意見が出された。
B院長は、C子が言うように職場の一体感を醸成する手段は他にもあるし、まずは自院の理念を明確にして、全員が同じ方向を向けるようにすることが大切だと考えるに至った。これまでもその必要性を感じていたものの、忙しくて手を付けられていなかったため、今回の件を良い機会と捉え、職場全体の理念を明文化。スタッフにきちんと説明した上で、毎日の朝礼時に唱和する方法を取り入れた。
また、忘年会の参加希望者が少なかったことについては、忘年会を含む懇親の場のあり方を再考する機会となった。「より参加しやすい形にするため、昼休みに短時間で、みんなでケーキとお茶を楽しむくらいにした方がいいのかもしれない」などとB院長は思案している。
今回のケースのように、最近は、職場全体での飲み会などを好まない若年層が増加傾向にあるように感じられる。一般企業でも、コロナ禍によって飲み会がなくなったことにありがたさを感じていた人も多いといわれ、C子の件は世相を反映しているようにも思える。経営者や現場の管理者には、そうした状況も踏まえた柔軟な対応が求められているといえるだろう。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)
服部英治●はっとり えいじ氏。社会保険労務士法人名南経営および株式会社名南経営コンサルティングに所属する社会保険労務士。医療福祉専門のコンサルタントとして多数の支援実績を有する。
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