Illustration:ソリマチアキラ

 長作屋では、入社10年目前後の社員を対象に、知り合いの薬局を見学しながら、ちょっとぜいたくな3泊4日の研修旅行を20年ほど前から続けている。「よくぞ、10年も働き続けてくれて、ありがとう」という感謝の気持ちで続けている催しだ。コロナ禍で中断されていて、先日3年ぶりの研修旅行に出かけた。

 目的地に着くやいなや、腹が痛い、頭が痛い、熱が出たと次々と体調不良を訴える者が出てきた。その上、財布を落とす者がいたり、電車が運休となり予約したバスに乗れなかったり、次々と災難が降りかかり、レストランをキャンセルしたり、先方におわびの連絡を入れたりと、大忙しの珍道中となった。

 「戻ったら厄払いに行かなくちゃ」と思いながら、最後の食事に出かけようと立ち上がった瞬間、今度はボクをめまいが襲った。握った手のひらに汗を感じた。ゆるく横に後ろに揺れるようなめまいだ。製薬会社のMRだったボクは、発売中止となった脳循環代謝改善薬を売っていた時代があり、当時の知識を総動員して、めまいの鑑別を始めた。回転性ではなく耳鳴りもない、手足は動く、しびれもない。耳鼻咽喉科系の疾患や脳梗塞ではなさそうだ。

 めまいはその場限りだったが、薬屋の不養生はよろしくない。戻るとすぐに受診することにした。数ある連携先から選んだのは、駅近くのファミリークリニックだ。めまいの原因は高血圧によるものだと考えていたボクは、それなら近くて早く診てくれるクリニックがいい、最近、院長のA先生に会っていないし、ちょうどいいと思ったのだ。

 しかし、受診すると血圧はむしろ低く、問診やら聴診やら、5本も採血されて、ホルター心電図を体に付けられ、さらには睡眠時無呼吸症候群の簡易検査のセットまで渡された。その時点でボクは少し疑心暗鬼だった。実は、A先生は元外科医だ。ボクがMRの頃は、大学病院で毎日手術に明け暮れていた。それなのに今は、ボクが名付けた「ファミリークリニック」の看板を掲げている。「元外科医に内科のことが分かるのか」という思いがどこかにあったのだ。

 しかし、3日後にいつも通っている泌尿器科クリニックで、その話をしたところ、院長のB先生は「薬のせいかもしれないが、ふらつきやめまいがあったら不整脈は調べた方がよいよね」と話した。加えて、睡眠時無呼吸があると高血圧や心房細動を起こしやすいので調べておいた方がよいと言う。

 その言葉に、A先生に対する見方が間違っていたことを大いに反省した。元外科医でも10年もファミリークリニックの院長をしていれば、ふらつきやめまいから不整脈を除外するといった診断手順はしっかり身に付けているということのようだ。そういえば、このクリニックはちゃんと、はやっている。あれ以来、めまいやふらつきはなく、心電図も睡眠時の呼吸も異常なしで、どうやら疲れから来る一過性のものだったようだ。

 それはそうと、B先生に言われて気付いたが、ボクはA先生に泌尿器科から処方されている前立腺肥大症と過活動膀胱の薬を服用していることを話さなかった。受付でお薬手帳について聞かれたが、実は持っていない。ボクの薬局では患者さんにお薬手帳を持参してもらうよう必ず説明しているというのに。紺屋の白袴(しろばかま)ならぬ、薬屋の手帳不携帯か……。(長作屋)