Illustration:ソリマチアキラ 

 ある日、期限切れ間近のポイントを使って無料で時計の電池交換をしようと、ボクは百貨店に足を運んだ。時計売り場に行く途中の催事コーナーで「大黄金展」なるものが催されていた。

 普段なら通り過ぎるところだが、黄金の二文字に妙に引かれた。しかも会場には人がたくさんいて、ひやかし大歓迎の雰囲気を醸していたのでのぞいてみることにした。

 中に入ると、仏具のコーナーがあった。本連載にも書いたが、ボクは昨年、母を亡くしたばかりで、仏具には興味があった。幼い頃に一緒に暮らしていた祖母は信心深く、仏事にうるさい人だった。実家には大きな仏壇があり、祖母が買い集めたおりんが幾つもあった。おりんは、おわんのような形をした仏具で、仏さまに手を合わす折に鳴らすものだ。

 仏壇に置かれるのは1個で、残りはしまわれているが、お盆前には「お磨き」といって、仏具を全部出して拭く。祖母が、きれいになったおりんを並べて鳴らして音を楽しんでいたのを覚えている。

 ボクはおりんの音色が大好きだ。心が癒やされ、穏やかな気持ちになる。不思議なことに、おりんの音は1つとして同じものがない。同じ口径のものでも異なり、澄んだ真っすぐな音、少し揺らいだ音など、様々だ。

 大黄金展には、人間国宝や高名な仏具師が作ったものなど、大小さまざまなおりんが20個ほどが所狭しと並んでいた。黄金のおりんとはどんな音がするのだろう。ついボクはおりんを鳴らしてしまった。そして衝撃を覚えた。

 何と素晴らしい音色なのだろう。透明感がありつつ深みがある、そして何より余韻が凄い。耳の奥で心地よい音が静かに静かにいつまでも鳴りやまない。大変申し訳ないが、うちにあるおりんとは音の品格が違う。気付いたら夢中になって聞き比べていた。

 2.5寸のおりんは300万円程度のものもあるが、作者がそこそこ有名なら430万円、人間国宝なら470万円程度だ。3寸になると、なんと800万円近い。しかし、ひとたびこの音色を聞いたら後には戻れない。子どもの頃に祖母から、おりんはご先祖さまを呼び出す道具だと聞いた。昨年亡くなった母の良い供養になるだろう。何より、ボクが亡くなってあの世に逝った時に、こんな心地よい音で呼び出されたい……。

 気が付くと、出品している会社の担当者がニコニコしながら横に立っていた。聞くと、金の相場はどんどん上がっているという。しかもおりんとしての価値もそうそう下がらないらしい。それなら万一の時には売り飛ばせばいい(いや、そんなことをしたら罰当たりか)。さて、どれにしようか……。いつの間にかボクはすっかりその気になっていた。

 何度も聞くうちに、まずいことに3寸の人間国宝の作ったおりんに魅了されてきた。ただ、今のボクの家には大き過ぎる。でも将来、実家の仏壇をこちらに持ってきた時にはやはり3寸がいいか、でも高い、でも資産価値はある……。

 そんなことを考えながら、何度も何度もおりんを鳴らし続けているうちに、その音に呼ばれたのか、母の声が聞こえた。「ボク!ばかはやめなさい!」。

 我に返って、値札を見た。こんなものを買ったら、供養どころか母が仏壇から飛び出してくるだろう。やはり、おりんの音はあの世とつながっていた。(長作屋)