イラスト:畠中 美幸

 A耳鼻咽喉科診療所は地方にある医療機関の1つだ。駐車場も広く地域にも情報発信しているため、患者も集まりやすい。特に、花粉症や風邪が流行する時期には、患者が集中して職場全体がバタバタすることもある。そうした状況下で、ある事件が発生してしまった。

 事務職員のB子は比較的おとなしくマイペースな性格。他の職員と積極的に交流することはないが、仕事はしっかりとやってくれるため助かっている。そんなB子に対して、看護師のC子が「何をモタモタやってるの!」と強い口調注意し、仕事を取り上げ、作業を指示することが診療時間中にあった。他の事務職員もあっけに取られて見ていたが、厳しい性格のC子には誰も口出しできず、黙って見ているしかなかった。

 追い打ちをかけるかのごとく、C子は「ぼーっとしていないで、何をやっているの! ヒマなの!?」などと、さらに強い口調でB子に注意した。B子はその場でワッと泣き出してしまい、そうした姿を患者や他の職員に見られないよう職員休憩室に駆け込んだ。診療所は患者でごった返していたため、他の事務職員は席を離れることができなかったが、落ち着いたらB子も戻ってくるだろうと思い、通常業務をこなしていた。

 診療時間ももうすぐ終わりを迎えるころ、業務が一段落した事務職員がB子の様子を見に職員休憩室を訪れると、そこにB子の姿はなかった。慌ててD院長や他の職員に報告したものの、すでにB子の通勤用の車は駐車場になく、勤務時間中にもかかわらず帰宅してしまったようだった。このようなことは、D院長にとっても初めてだったので面食らい、明日はB子も通常どおりに出勤するだろうと思いつつも、どうしたらいいか困ったので顧問の社会保険労務士に電話で対応策を相談した。

厳しい叱責を受けた場合でも、許可のない帰宅は業務放棄に

 顧問の社労士からの回答は実にシビアで、「勤務時間中に自分の仕事を放棄することは規律違反でもある。ましてや院長や他の職員に連絡もなく、自分の気分で自宅に帰宅するとは懲戒処分の検討が必要」とのことだった。もっとも、背景をしっかりと社労士に伝えたわけではないため、この点は後日改めて相談することにした。現時点で必要な対応は、「B子と連絡を取り、翌勤務日にしっかりと本人から話を聞く」とのことだった。早速、D院長がB子に電話をしたところ、「勝手に業務を終了し、帰宅して申し訳ございませんでした」という謝罪と明日は出勤する旨が伝えられた。

 翌日、B子に当日の状況などを確認すると、「自分のペースで業務をやっていたところ、C子にきつい口調で注意され、患者の前でばかにされたような態度をとられたため、悔しくて泣いてしまった」「そんな姿を患者に見られたくないので職員休憩室に駆け込んだものの、戻る気分になれず自宅に帰ってしまった」とのことで、大いに反省していた。一方、D院長はC子とも面談したところ、自分の口調や態度などにも問題があったと認めた。そこでD院長はC子に対して、B子に直接謝罪をするよう伝えた。

 こうした状況を改めて顧問の社労士に伝えたところ、「初回であったことに加え、原因を作ったC子にも問題がある」とのことで、2人とも懲戒処分には至らず、2人に対してD院長が厳重注意をするに留めることになった。また、B子は勤務時間中に抜け出して仕事を放棄したことから、抜け出した時間分の賃金はカットされることにも理解を示し、ひとまず対応を終えることができた。

 しかし、今回の一件でB子はC子に恐怖心を抱いている可能性もあり、また周りの職員もC子に対する見方が変わってしまった可能性がある。職場の雰囲気を維持するためにも、C子は口調に注意するなどの対応が必要になる。そこで、職員全員で今回の件を振り返り、今後の方針を一緒に考えることにした。

 事務職から看護職までマルチに働くC子には大きく助けられている一方、一人で複数の部門にまたがる仕事をしているため、組織を混乱させてしまうこともある。そこで、特に患者が多い時間における、事務部門と看護部門の基本的な業務分担を明確化することで、C子の働きに依存しない体制づくりを進めた。また、注意や指導事項がある場合は、相手や周りに配慮することなどをC子だけでなく全体に伝えた。B子自身のマイペースな仕事ぶりが周囲と合わないこともあったとのことから、事務職員全員とD院長で望ましい仕事の進め方についても方針を合わせた。

 その後、A診療所では、看護師C子の口調の強さは多少残っているものの以前よりも人当たりが柔らかくなり、一方でB子の仕事の進め方も改善された。職場内の雰囲気は穏やかになり、職員間の不和や今回のような衝突が生じることはなくなった。

(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
服部英治●はっとり えいじ氏。社会保険労務士法人名南経営および株式会社名南経営コンサルティングに所属する社会保険労務士。医療福祉専門のコンサルタントとして多数の支援実績を有する。

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