
Illustration:ソリマチアキラ
長作屋を設立した25年ほど前、銀行からの借り入れは一苦労だった。会社に実績がなかったことに加えて、保険薬局という業態自体が認知されておらず、担当者に、「医薬分業とは」から始めて薬局の収益構造や安定性など、何度も説明してやっと融資を検討してもらえるといった状況だったのだ。
それが今では、向こうからお金を借りてほしいと営業に来る。先日も、M銀行の担当者Aさんが支店長と一緒に挨拶したいとアポイントを取ってきた。以前から、うちの財務部長にアプローチしていたようで、財務部長はボクに「運転資金として1億円くらいなら」と控えめに提案してきた。しかしボクには、その気はさらさらなかった。理由は、Aさんがボクと話そうとしないからだ。ボクにしてみれば、「よく知りもしない人から1億円もの大金を借りられるものか」と思うのだ。
支店長を同行させるということは、先方は“決め”たいのだろう。でもそうはさせない。そう決めて、ボクは担当者と支店長を向かい入れた。そして開口一番、少し意地悪してボクは担当者に「お久しぶりですね。2回目ですよね」とにこやかに切り出した。最初が肝心だ。担当者は「部長様にはお会いさせていただいていて……」と、もごもご言っているので、「何回か会えば、頼みごともしやすくなるからね」と、まだその段階ではないことを暗に伝えた。
次は支店長の番だ。長作屋では、お客様には急須で入れたお茶を出す。近頃は、お茶を出したスタッフの前で、お客様に「このお茶の点数を付けてください」と言うことにしている。その場を和ませることができ、社員教育にもなり一石二鳥だ。支店長にも同じ問い掛けをしたところ、一瞬、「えっ」という顔をしたものの、即座に「香りがいいですね。温度がいいのでしょう。60℃くらいでしょうか」と、的確に評してきた。むむむ、おぬし、なかなかやるな。
最初に封じ込めたので、支店長は融資の話を切り出してこない。無理だと思ったら深追いせず、作戦を練り直して出直すのが営業の鉄則だが、その点も心得ている。
「今の薬局業界をどう見ていますか」との問いには、「最も厳しいのは地方都市の中小チェーン薬局で、生き残りにはM&Aを重ねてドミナントに展開することに尽きると思います。その点、長作屋さんはこの沿線に集中して展開されている。まさに生き残る秘訣だと思います」と支店長。業界と長作屋のことを調べて、話法を組み立てて来たことが分かる。
さらに驚いたことに、支店長は「先日、長作屋薬局さんで血圧の薬を出してもらったのですが、素晴らしい薬局ですね。かかりつけにさせていただこうと思います」と言ってきた。訪問前に“予習”してくる人は多いが、ほとんどがネット検索の世界だ。足を運んで調べてきた人は初めてだ。うーん、やるなぁ。
その後、ボクは早々に話を切り上げた。これ以上、話をすると「運転資金に1億円」と言ってしまいそうだったからだ。支店長クラスには玄関先まで見送ることが多いが、今回は社長室入り口で失礼した。玄関まで送ると、つい余計なことを言ってしまいそうだ。「絶対に借りない」と決めていたからよかったものの、そうでなければ、うっかり借金を増やしていたところだ。ふーー、危なかった。でも、次に彼はどんなアプローチをしてくるだろうか。ちょっと楽しみができた。(長作屋)