
Illustration:ソリマチアキラ
ボクには尊敬する人が何人かいるが、その一人、Yさんは医療とは全く関係のない部品メーカーの会長さんだ。酒を飲むとすっかり“ダメおやじ”になってしまうが、普段はダンディーな70代の敏腕経営者である。
そのYさんと、ゴールデンウイークに久しぶりに飲んだ。たわいもない話をしていると、ふと、彼が見慣れない時計をしているのが目に入った。渋みのある金色で、決して派手ではないが品格があり、まるでヨーロッパの紳士が身に付けていそうな雰囲気だった。
「その時計、どうしたの?」
尋ねると、それは半世紀以上前に結婚した際、奥さんの父親から贈られたものだという。義父は外交官であり、時計は同じく外交官だった父親から受け継いだもので、世界三大時計と称されるスイスの「パテック フィリップ」のものらしい。
そんな話をきっかけに、普段はあまり聞くことのないY家の歴史を聞かせてもらった。日ごろ彼が身に付けているロレックスは、自分の祖父から父へ、そして自分へと受け継がれたものだという。
Yさんの祖父は戦前、船舶部品の製造会社を興し、戦中は戦艦の部品を製造、戦後には民間産業へと転換した。Yさんが事業を引き継ぎ、現在では船舶エンジンの部品を手がける会社へと発展させた。今は息子2人がそれぞれ製造会社と販売会社の社長を務めているものの、Yさんは会長として手腕を振るい、事業の精神を伝え続けている。ただ、その2つの会社が完全に息子たちに引き継がれる日はさほど遠くないだろう。そして、2つの時計もまた、それぞれの息子に受け継がれるに違いない。
スタートアップ企業の起業数は年々増加し、M&Aが日々語られ、会社がつくられ、売られ、消えていく時代だが、やはり親から子へ、事業や精神、時計までもが受け継がれていく姿はいいものだ。
そんなことを思っていた矢先、我が業界の超大手、N社の「身売り説が浮上」という記事が飛び込んできた。ボクは、この会社は日本で一番優れた調剤薬局チェーンだと、長年憧れていた。製薬会社のプロパー出身の初代社長が一代で、従業員6500人、売上3400億円超の企業を築いたのは、医薬分業の波に乗ったとはいえ、やはりすごい。
年収7億円だの8億円だのと言って世間を騒がせたり、インサイダー取引の話題もあったが、組織づくりや店舗展開の巧みさには目を見張るものがあった。親子仲を心配するような噂も耳にしていたので、初代が引退して息子に継がせた時は、他人事ながらホッとしたものだ。半ば冗談で、「退職金を受け取り、また戻ってくるのでは」と話していたが、まさに数年後に2代目が退いて、1代目が会長として復帰する展開となった。
N社の身売り話の真偽のほどは定かではない。だが、Yさんの会社のように、いずれ引き継ぐ相手がいれば頑張れるが、そうでなければ、ましてやバトンを渡す相手が急にいなくなったとなれば、売却という選択を考えたくなるのも理解できる気がする。
幸いなことに、長作屋には親族ではないが、信頼できる後継者がいる。長年、ボクのそばで会社を支えてくれた2人だ。Yさんのように会社が2つあるわけではないので、1つのバトンを二人三脚でつないでくれることを願っている。
となると、やはり決め手は時計かあ。用意しておかなくちゃ!(長作屋)