Illustration:ソリマチアキラ

 ボクは大相撲が好きだ。先日、ある部屋の夏場所(五月場所)の納会に連れて行ってもらえることとなり、遠路はるばる出掛けた。これまではホテルの宴会場で行っていたが、今回初めて稽古場で開催したという。台所事情が厳しく経費削減策の一環なのだとか。身につまされる話だが、ボクにしてみれば、ホテルの味気ない立食パーティーより相撲部屋でちゃんこ鍋をつつく方が断然、うれしい。

 稽古場の脇にある座敷に、会議テーブルとパイプ椅子が並べられ、鍋やつまみ、酒が所狭しと並んでいた。参加者は、親方と女将さん、部屋の力士たち、ボクたちお客さんの総勢30人程度。お客4人に対して力士が2人ずつ付き、手厚くもてなしてくれた。ボクのテーブルにいた1人は20歳の力士A。身長175cm程度と小柄で、体重は驚くことにボクより軽い83kgだ。一番楽しいことは「寝ること」と言う。幕内力士になれば、日本相撲協会から給与が支給され、場所ごとの報奨金や、懸賞金も付くが、彼ら幕下以下は給与がなく、1回の取組で1万円に満たない手当がもらえるだけだ。衣食住は部屋が面倒見てくれて生活には困らないものの、遊びたい盛りの若者には厳しい環境だ。

 力士Aは「優勝するまで絶対に乾杯はしない」と酒には手を付けない。今の目標は序の口優勝。「親方と女将さんと優勝を祝う乾杯を、人生初の乾杯にしたいじゃないすか。それまで取ってあるんすよ」と屈託なく笑う。自分は飲まないが、相撲甚句を歌い一生懸命、場を盛り上げる。「あぁ~どすこい、どすこい」。

 もう1人は、今場所、ある階級で優勝した26歳の力士B。宴が一段落した頃に、親方が高価なウイスキーを掲げ、「誰かが優勝した時に皆で祝おうと思って取っておいた」と話しながら封を開け、力士Bのグラスになみなみと注いだ。本人は「うれしいっす。親方と女将さんのおかげです」と涙を浮かべている。

 そんな様子を見て、ボクは大いに感動した。近年、不祥事で揺れる相撲界だが、それでも部屋にはまるで大きな家族のような温かい雰囲気があり、師匠と弟子の強い絆が感じられたからだ。ひるがえってボクの部屋(会社)はどうか。設立した当初は、社員全員の名前と顔はもちろん性格や家族関係なども把握していた。よく一緒に飲んだし、自宅に招いたり、アットホームな雰囲気があった。それがいつの間にか知らない顔が増えた。今でも新人の歓迎会や忘年会に顔を出し、研修旅行に同行するなどして、近い関係であろうと努力するが、日ごろ顔を合わせる数名の社員を除いては、相撲部屋の親方と力士のような関係は築けていない。

 若い力士たちの情熱にも感動させられた。スポーツの世界は、勝敗や順位が明確で、横綱、大関になるというキャリアプランがあり、目標も持ちやすい。だからあんなにひたむきになれるのだろうか。

 一方、我が業界の若者はどうか。目指すべき目標がはっきりせず、「あんな風になりたい」と憧れる先輩の存在は多くない。勝負の世界に身を置く人たちほどのハングリーさはなくて当たり前だが、懸命に打ち込める環境が作れていない、ボクたち経営者の責任もあるだろう。

 ほろ酔い気分で相撲甚句を聞いているうちに、長作屋を大家族のような温かさと固い絆があり、一人ひとりが情熱を持って切磋琢磨できる相撲部屋のような場所にしたい──。改めてそんな気持ちが沸き上がってきた。よし、もう一度、“土俵”作りから始めるぞ。(長作屋)