
イラスト:畠中 美幸
関西地方にあるA産科診療所は、B院長が父親から継承し、地域密着を経営方針の一つに掲げて運営している。少子化の時代でも患者を一定数抱え、職員数も多い。ある日、「話がある」と相談を受けたB院長は、事務職員のC子と面談することになった。
C子は開口一番に「もう限界です」と涙を流し、訴えてきた。話を聞いてみると、同じ事務職員の後輩D子が何かにつけてC子をばかにするような発言を繰り返し、仕事のやり方を否定され続けているのだという。「もうこんな職場は辞めたい」と涙ながらに訴えるC子にB院長は「状況を確認して対処を考えるから」となだめることしかできなかった。そしてその日は診療時間後だったこともあり、C子を早々に帰宅させた。
B院長はより詳細に状況を把握するため、翌日に事務職の主任E子を呼び出し、C子とD子の関係を尋ねた。E子は何となくトラブルに発展しそうな状況を把握はしていたものの、日常的にC子をフォローしてはいなかったようだ。
C子は比較的おとなしくマイペースだ。一方、D子はせっかちで語気も強い。だが仕事のスピードが速く精度も高いため、安心して仕事を任せられるタイプである。主任E子によれば、D子からC子に「表計算ソフトを使えば早いのに、なぜ使わないのか」「毎回同じ文字を入力するのは無駄」「作業をもっと早くやりましょうよ」といった発言があったようだ。
B院長は、決してばかにしているような発言ではないが、受け止め方によってはそう捉えられてもおかしくない言い方だと判断した。加えてD子は口調が強いため、C子は一層ばかにされていると感じてしまったのだろう。こうした発言が繰り返されていたのかは分からないが、仕事のやり方を皆の前で否定されるような状況だったのは事実のようだ。そこで、対処に困ったB院長は顧問の社会保険労務士にどのように対応すべきか、相談することにした。
見直すべきことは明瞭に、その一方で長所を生かす役職の提示を
社労士からB院長は、「D子に事実を伝えて言動を改善してもらうとともに、しばらくはフォローのためにC子と定期面談をするのがよい」とアドバイスを受けた。画期的な解決策を期待していたB院長はありきたりな助言に拍子抜けしたが、正論だと受け止めた。
だが、気の強いD子に伝えることは返って逆効果になる可能性もある。その旨への対応策も尋ねたところ、「伝わらないと改善はされない。D子にも少なからず言いたいことがあるのではないか」と返された。加えて、「D子の長所を生かす取り組みも考える必要がある。一時的でもいいので、D子を職場全体の改善リーダーなどに抜てきしてはどうか」とアドバイスを受け、B院長はひとまず実行してみることにした。
そこでB院長がD子と面談した結果、D子は「ばかにした言い方はしていない」と反論した。だが、語気がきつく、C子に圧力をかけるような言い方だったことを認めた。また、D子はC子に対して仕事が遅いといった不満を抱いていたため、B院長や主任E子の視点では決して仕事が遅いわけではないことを説明。B院長は「あなたは仕事がピカイチにでき、早くて正確だが、あなたのように仕事ができる人材はそういないのだ」とD子のプライドを傷つけない伝え方で説明した。
その上で、「助言やアドバイスが指示になっている」「診療所の人間関係においては、先輩後輩という上下関係も考慮してほしい」など見直してほしいポイントも伝えた。そして、D子の長所を生かすために、まずは半年間、職場の業務改善委員会を発足することとし、D子を委員長に任命した。
委員長の任命に当たりD子には、決して人や組織を批判しないことを原則とし、半年間で自由に使える予算をいくらか設定したところ、積極的に改善策を提案してくれるようになった。業務改善委員長としての立場を設けることで、C子の仕事ぶりに対する指摘はなくなり、どうすれば業務全体を効率化できるかという観点で動いてくれるようになった。
また、本件以降、B院長は定期的にC子とも面談を続けている。面談の場でC子から「D子と普通に仕事の会話ができるようになった」と聞き、B院長は安堵している。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)
服部英治●はっとり えいじ氏。社会保険労務士法人名南経営および株式会社名南経営コンサルティングに所属する社会保険労務士。医療福祉専門のコンサルタントとして多数の支援実績を有する。
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