ある日の平穏な昼下がり、関東圏の内科診療所院長からの電話相談があった。クリニックの職員数は、看護師と医療事務を合わせて6人。今まで職員との関係で大きなトラブルが起きたことはなく、対応に苦慮しているとのこと。院長は、心労で好きなお酒も飲むことができなくなり、体重も減ってしまったという。
このトラブルが起こる数カ月前、医療事務の職員1人が夫の転勤についていくことになり、急きょ退職することが決まった。代わりの職員の採用を急いで行わなければならず、すぐに求人を出し、履歴書を送ってきた応募者の中から選考を行った。
当時、院長が人材採用の選考基準としていたのは、(1)経験者であること、(2)年齢が他の職員と同世代(20〜30歳代)であること、(3)やる気があること——の3点。特に、求人を出して、すぐさま履歴書を送ってきた「先着10通」の応募者は「やる気がある」と見なし、それ以外の条件を満たさなくても、面接試験を行うことにしていた。
折からのインフルエンザの流行で患者数が増え、その上採用面接もしなければならず、院長は猫の手も借りたいくらいの忙しさだった。それでも何とか時間をひねり出し、応募書類が先に届いた10人と、書類選考した5人の計15人の採用面接を、昼休みと診療終了後に行うことにした。
最近の社会情勢を反映してか、「生活苦でどうしようもない」という話を涙ながらにされたり、家庭環境の悩み事を打ち明けられたりとカウンセリングのような面接が数回続いた後、訪れたのがA子だった。
A子は、書類選考で選んだ5人のうちの1人。医療事務としての経験が3年あり、年齢も27歳と院長の希望範囲内。「前の仕事を辞めてからブランクがあって生活が楽ではないので、即戦力になって、長く勤められるよう頑張ります」とハキハキと発言し、やる気も申し分ないようだった。人手はすぐにでも欲しいし、採用面接の時間もこれ以上取られずに済むと考えた院長は、その日のうちにA子に採用の連絡をした。
日に日に院内の雰囲気が悪化
採用後1カ月は、A子は他の職員からの指導に従って仕事を覚えようと、まじめに勤務している様子だった。しかし、だんだん遅刻をするようになり、勤務中もボーッと上の空で、孤立することが多くなってきた。
その分、他の職員の負担が増え、日に日に診療所の雰囲気が悪くなっていった。心配した院長はその都度声を掛けてはいたが、なかなか改善しない。入職から2カ月ほどたったころ、ついに院長は診察が終わった後にA子を呼び出し、「他の職員にもっと溶け込んでほしい」と注意した。
次の日、A子は出勤して来なかった。「もしかしたら、このまま出てこなくなるかもしれない」——。院長の不安は的中し、数日後、「休職申出書」と「診断書」が郵便で送られてきた。診断書には「抑うつ状態により3カ月の静養を要する」との記載があった。