イラスト:ソリマチアキラ

 時は1998年、医療機関の近くの土地を押さえると処方箋が来るという良き時代。私は、九州のとある田舎町の消化器内科医院の隣に50坪の土地を借りることができ、薬局の建物を建てて着々と開局準備を進めていた。

 院長は60歳代、1日90人程度の患者さんが来院する人気のクリニック。それなりに利益も見込めそうだ。何もかもうまく進んでいたが、ただ1 点、大きな問題が……。

 それは、その薬局で働く薬剤師が決まらなかったことだ。

 その地域は高齢化率が高く、若者がいない。当然、薬剤師もいない。いたとしても、よそから乗り込もうとしていた私たちのところで働こう、という若い薬剤師はいなかった。

 今も地方都市では薬剤師不足が続いているが、当時は今以上に薬剤師の採用で苦労した時代だった。募集をしても問い合わせすらなく、その地域での雇用をあきらめざるを得なかった。

 やっとのことで近隣の町で33歳の薬剤師Aを年収800万円で雇い、開店させたのが9月のこと。薬剤師が1人だったので、Aには朝8時半から夜19時半まで働いてもらうしかなかった。

 処方箋枚数は着々と伸び、4カ月後には1日60枚程度の処方箋を応需する日が出てきた。そろそろ薬剤師1人では限界だと思い、パート勤務の薬剤師の募集を始めることにした。するとAが「友人の薬剤師Bが、常勤でなら働いてもいいと言っている」と持ち掛けてきた。

 処方箋枚数が1日60枚で常勤薬剤師を2人雇うのは厳しい。本来ならパート薬剤師を入れて、もう少し処方箋枚数が増えるまで耐えしのぐべき局面だが、パート薬剤師が雇えないのだから仕方がない。Aの友人Bにお願いするしかないと覚悟を決めた。

 Bは「給与はAと同じで」と言う。800万円か……。でも背に腹は代えられないので、年収800万円の薬剤師を2人雇うはめになった。

 その3カ月後のこと。2人から「話がある」と呼び出された。嫌な予感を抱きつつ薬局に行くと、2人が「あのですよ、社長。実は以前いた会社から、『もう50万円出すけん、帰ってこんね』と言われたんです」と一言。突然のことに、思わず出た言葉が「あと50万円ずつ出すから、とどまってくれ」。

 人件費100万円増では薬局は赤字になる。しかし、そのことを2人に言えず、「会社は厳しいけど、この地で君たちと一緒にやっていきたい」などと、いい社長さんぶってしまったのだ。かくして、わが薬局は「850万円×2人=1700 万円」の人件費を背負って経営を続けることに。苦しいながらも、消化器内科医院の評判が良かったので、何とか薬局経営は継続できた。

 会社がまだ安定せず、とにかく売り上げが必要なときは、利益が少ない薬局でも経営する意味がある。しかし、会社が安定してくると、利益が少ない薬局をやる意味はなくなってくる。当社はその段階に入っていた。そこで、その薬局を2人に売り渡すことにした。利益はそれほど多くはないが、経営は安定しており、悪くない薬局だ。2人は喜んで買い取ってくれた。

 現在もその薬局は、同じ場所にある。ただし、2人は仲違いして、結局、Aがオーナーとしてやっているらしい。消化器内科医院の院長も年を取られ、処方箋が減っているようだ。風の噂では、薬剤師が足りずに苦労しているという。今ではAも、経営者の苦労が身に染みていることだろう。

 因果応報─。(長作屋)

(「日経ドラッグインフォメーション」2013年7月号より転載)