イラスト:ソリマチアキラ

 時は2000年。大阪の基幹病院前の“陣取り合戦”は既に勝負がついていて、めぼしい物件の多くは大手薬局チェーンが押さえてしまっていた。

 そんな折、「いい物件ありまっせ」と、ある仲介人が話を持ち込んできた。近畿エリアにある約600床のA病院の門前の物件が出たという。A病院の1日の外来患者数は1500人超。しかも、近隣に1000床規模の大病院もある。

 物件の話があれば、私はすぐに現地に赴く。そして、物件を見るより先に、病院の玄関前に立ち、患者が出ていく方向を眺めることにしている。その物件が、何番目に視野に入るかを確かめるためだ。というのも、門前薬局の売り上げは、病院玄関からの距離と、その間の薬局の軒数に左右される。私の経験上、病院玄関から1軒目の薬局は院外処方箋の3〜4割、2軒目の薬局は約2割を応需でき、3軒目は……。

 その物件は、玄関前の道を渡ったところにあった。最も近い店舗は別の会社が押さえており、当該物件は2軒目。1500人の2割、つまり1日当たりの処方箋枚数は300 枚。処方箋単価を1万1000円、月23日営業とすると7590万円、年商9 億1080万円とソロバンをはじく。さらに、何とかして当該物件の前に横断歩道を付けてもらえれば、1軒目になれるかもしれない。

 いずれにせよ、年商9億円は堅そうだ。みんなのボーナスを増やせるかしら。高級外車に乗れるかしら。大きなお家が買えるかしら……。夢は大きく膨らんだ。たった1 つの問題さえクリアできれば、この夢はかなう。

 その問題とは──。実は、このA病院、まだ院外処方箋を発行していなかったのだ。待っても待ってもA病院が医薬分業しないので、前の持ち主は資金が続かず、物件を手放さざるを得なくなったらしい。当時は、院外処方箋が出るまで“カラ家賃”を払い続ける会社が多くあり、資金が続かず権利を譲り渡すケースも少なからずあった。

 その物件は25坪で家賃は月50万円。保証金は家賃の20カ月分の1000万円で、これに前の持ち主が支払った“カラ家賃”3年分、1800万円を上乗せして、2800万円で権利を売るという。

 仲介人は「2〜3年のうちには院外処方箋が出るだろう」と言うし、いざ院外処方箋が出始めれば、2800万円はあっという間に回収できる。なんてったって、年商9億円だから。

 悩んだ結果、銀行から5000万円を借り入れて、その権利を譲り受けた。そして、“カラ家賃”の支払いが始まったその日から、「いつ出るか、いつ出るか」と、まるでパチンコのように考える日々が始まった。

 金利は高く、しかも銀行から毎月のように状況報告を求められる。1年がたった頃、「どうなっているだ」と仲介人に聞くと、「シャチョ〜、そんな急に変わるわけ、ないですやん」と一言。おいおい、君が持ってきた案件やで、その言い草はないやろ。銀行に責められながらも、年商9億円を夢見て、じっと耐えた。

 しかし3年がたち、さすがに限界。泣く泣く手放すことにした。仲介人に伝えたところ、ある社長が過去3年分の家賃と保証金分で引き受けるという。私が前の持ち主に支払った“カラ家賃”3 年分は上乗せできず、結局わが社は1800 万円の損をかぶったのだった。

 今回この話を書くに当たって、卸のSさんにA病院のことを聞いてみた。「A病院、いまだ分業せず──」。私から引き継いだ彼は、今も9億円の夢を見続けているのだろうか。 (長作屋)

(「日経ドラッグインフォメーション」2013年8月号より転載)