イラスト:ソリマチアキラ

 連日、猛暑が続く。そんな暑い夏のある日、大阪中央郵便局の消印が押された配達証明付きの内容証明郵便が届いた。

 裏を見ると、つい先日、退職した元社員の名前がしたためられていた。見なかったことにしたい気持ちを抑え、勇気を振り絞って開封─。

 ゾクッ!急にオフィスの温度が下がった。

 会社を立ち上げてしばらくは、社員を採用する際には早い段階でボクが面接をして、意気投合して入社してもらっていた。そして、何らかの事情で会社を辞めていくことがあっても、感情的な別れ方はしないようにしてきた。

 それが今では、社員は80人程度になり、採用は人事担当者のお仕事に。実際、ボクが知らない間に入ってきて、辞めていく社員もいるぐらいだ。

 以前は、こじれそうになったときには、腹を割って話し合って、誠意を尽くし、最後は「ありがとうございました」と言ってもらえるような別れ方ができた。しかし、そのためには日ごろから知った仲であることが大事だ。別れ際だけ出ていって話をしても、とても通用しない。

 そんなことで、配達証明付き内容証明郵便を受け取る羽目になるわけだ。

 実はその手紙を手に取った瞬間、ボクは数年前に受け取った手紙を思い出していた。辞めた薬剤師の親御さんの代理人を名乗る弁護士からの手紙で、うちの会社が彼を不当に解雇したというのだ。ここだけの話、その彼は本当にひどかった。

 試用期間中にもかかわらず、朝は 2日に 1 回くらい遅れてくる。門前の医師とたびたびトラブルを起こすのだが、どんなにひいき目に見ても、悪いのは彼。決められた手順を守らないので、調剤過誤を何度も起こした。注意しても改善が見られないので、仕方なく辞めてもらった。

 問題は、ボクの知らないところで解雇扱いになっていたことだ。ボクは、解雇扱いにしてはいけないと、折に触れて人事担当者に話していた。解雇にすると本人のココロのみならず、経歴も傷つけてしまうからだ。結局、そのときは解雇を取り消して本人都合の退職にし、その間の給与を払うことで決着した。

 今回の手紙の差出人は、薬局長との人間関係に悩んで辞めた女性薬剤師だ。薬局長は真面目でいいヤツだが、感情の起伏が激しいタイプ。一方の彼女は要領が悪いところがあり、薬局長が声を荒らげることが何度かあったようだ。辞めるときに彼女と話をしたが、「次の職場で頑張る」と笑顔で言ってくれたので、大丈夫かと思っていた。

 なのに手紙には、「自分には能力があるのに、薬局長に無能のように扱われ、仕事をさせてもらえなかった。薬局長が憎い、そしてその薬局長を雇用している会社も憎い」というような恨み節がつづられていた。「憎い」という文字が何度も出てきて、読むだけで怖い。

 数年前のトラブルと違って、薬剤師本人からの手紙だったことがボクの心をさらに重くした。弁護士が間に立っている場合は、主張が明確で話し合いの余地があり、解決しやすいことが多いが、本人と直接交渉する場合はむしろ感情的になりやすく、その意味でとても厄介だ。

 彼女は、結果的には辞めていったけれど、それまでは頑張って働いてくれた。もちろん感謝している。でも、薬局長は今も大切な社員。ボクとしては会社や薬局長を守らねばならない。

 いっそのこと、お金で解決できないかなぁ、なんて考えていたら、背後に彼女の気配を感じて足が震えた。決して、寒かったわけじゃない。 (長作屋)