懲戒解雇にしなかった理由
 院長は、すぐに行動を取った。一番勤続年数の長い看護師長にこれまでのB子の経緯を話すとともに、スタッフへのヒアリングを行ったところ、C男のセクハラ行為はこれが初めてではないことが判明した。

 「若い職員が続かなかった原因はこれだったのか」と、院長は今さらながら悔やんだが、くよくよしている場合でもないので、早速次の手を打った。C男に問いただして、しらを切られると、処分不当になってしまうため、B子がよく相談をしていたスタッフの2人に事実関係を確認したのだ。

 その“証言”をもってC男に聞き取りをしたところ、これまで判明したことについて、ほぼ間違いないとあっさり認めた。就業規則の懲戒事項に該当するため、情状によっては懲戒解雇も視野に入れていたが、(1)B子は既に退職を決意していて懲戒解雇まで求めていない、(2)C男も深く反省していて、B子には今後一切連絡を取らないと約束した、(3)次に同じようなことをしたら、どのような処分でも受け入れると合意をした——ことから、出勤停止と降職処分にとどめた。

今回の教訓

 今回の例で、起こってしまったトラブルに対して、院長の対応が迅速であったことは評価できる。事業主によっては、人間関係のトラブルを「個人的なこと」と捉えて、見てみぬふりをするケースも少なくない。そうなると、職員の退職やモラールダウンなど、全体の士気が下がる要因となる。

 セクハラ行為は大抵、密室で行われるため、問題として顕在化しないことが多い。また、加害者側は、相手方が従順なものだからセクハラ行為だと思わず、相手方も自分に好意を持っていると勘違いしていることが少なくない。

 対応困難な事例ではあるが、ひとたび問題が起こると、場合によっては事業主も連帯して多額の損害賠償を求められることもあり、予防策を徹底させることが重要である。男女雇用機会均等法では、職場において行われる性的な言動に対して、労働者の就業環境が害されることがないよう、また、相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備などを講じることを義務付けている。

 そもそもセクハラとはどの程度の行為なのか、セクハラが起こった際の相談者は誰なのかなど、院内ミーティングや研修などの機会を利用して折に触れて注意喚起したい。加えて、就業規則の服務規律に、セクハラ・パワハラ禁止の条項を追加し、懲戒事項にもセクハラ、またパワハラを行った者への制裁を行うことを追加しておくことは必須である。

 厚生労働省のウェブサイトに、「セクシュアルハラスメント対策に取り組む事業主の方へ」として対策をまとめたページがあり、セクハラの定義や事業主が講じるべき措置、チェックリストなど研修に使える資料が収載されているので、活用してみてはいかがだろうか。

(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
加藤深雪(特定社会保険労務士、株式会社第一経理)●かとう みゆき氏。日本女子大人間社会学部卒業後、2003年第一経理入社。企業や医療機関の人事労務コンサルティングを手掛け、中小企業大学校講師や保険医団体の顧問社会保険労務士も務める。