イラスト:ソリマチアキラ

 社員に満足してもらえるように、福利厚生を考えるのも社長の仕事の一つだ。

 会社への帰属意識を高めるためにも、社員同士が集まって楽しむ機会は重要だと考えている。

 ボクがサラリーマンの頃は、温泉に泊って忘年会といった行事があり、それはそれで楽しかったのだが、今や誰も喜ばない。

 昨今の若者は全員参加の行事を好まないので、クラブ活動の補助をすることにした。5〜6人以上の社員を集めて活動すれば、費用の半分を会社が持つという制度だ。

 現在、料理部、フットサル部、ゴルフ部があり、ボクは全てのクラブに所属している。料理部とフットサル部は、ときどき様子を見に行く程度だが、ゴルフ部はボクが声を掛けて社員に作らせた。福利厚生は社員のためのものだけど、社長だって少しは楽しみたい。

 ゴルフ部は年に2回、既に7回ほど大会を開催した。社長は常に上位成績を収めており、優勝も2回ほど。もちろん毎回優勝するほどヤボじゃない。「みんなで楽しくゴルフをするのが一番!」──。心の底からそう思っているのだが、でもどうしても1つだけ譲れないことがある。

 ボクは、自分で言うのも何だが、そこそこゴルフがうまい。といっても体格がいいわけでも運動神経がいいわけでもなく、あくまで「そこそこ」。でも人一倍、負けず嫌いだ。体格がいい「体育会系でした」風の若者に負けるのは仕方がないが、同年代には絶対に負けたくない。なので正直なところ同年代の人には入部してほしくないのだが、ボクと同世代の社員Sが入部してきた。

 Sは10年ほど前に病院から転職してきた薬剤師だ。薬学的な知識はあるし、几帳面で言われたことはきちんとこなすのだが、人の上に立つタイプではない。もういい年だし、リーダーシップを発揮してほしいのだが、どうも人望がない。平たく言うと、“冴えない”のだ。背はボクより少し高いが、運動神経が良さそうにはとても見えない。ところが、そんな彼がコースに立つと、別人かと見まがうプレーを見せる。軽々と260ヤードを飛ばす、飛ばし屋なのだ。

 これにはボクの負けず嫌い魂が黙っちゃいない。そもそもボクがSに負けるわけにはいかない。これは社長としてのメンツの問題だ。社長は、社員の前でカッコよくあらねばならない。そうじゃなくちゃ、誰もついてこない。社員だってカッコいい社長を望んでいるはずだ。

 Sの飛距離は、普通に打てば260ヤード、少し調子を崩せば230ヤード。ボクはといえば、210ヤードが精一杯。そう、彼の失敗に付け込んで勝つためには、あと20〜30ヤードを何とかしなくてはならない。

 ここは金にモノを言わせるしかない。まずドライバーを買い替えた。ゴルフ好きの間で有名な、ちょっとマニアックな飛距離の出るドライバーだ。シャフトは、しなり力の強い超高密度のカーボンに取り換えた。さらにフェイスを特別にチューニングしてもらって、国際基準のギリギリまで薄くして高反発を狙う。これで30ヤードぐらいは稼げるはず。これならイケる!──まっすぐ飛べば。

 もちろん精進も怠らない。大会は10月だというのに、8月は8回も練習場に足を運んだ。でも、こんなに努力していることは、Sや他の社員には絶対にナイショだ。次回の大会には久々の新入部員も参加することになっている。「さすが社長!」と言ってもらえるよう、今日も社長は人知れず努力している。社長は結構、ツラいのだ。 (長作屋)

(「日経ドラッグインフォメーション」2014年9月号より転載)