まず院長は、新人に排他的な態度を取っているといわれたリーダーと個別面談を行った。リーダーは、中途採用ながら入職して8年のベテランであり、院長も業務の管理や指導など、あらゆる面で信頼して任せてきた存在である。実質的に部門を運営し、組織を支える柱であったことは事実だった。しかし、スタッフ面談の結果、これまでの報告内容と印象が異なる点があったことを指摘し、事情を聞いた。

 「(退職を申し出たスタッフは)自分がまとめている部門の雰囲気に合わないので、他の職員の迷惑にもなるし、本人がやりにくいなら、辞めてもらっても構わないと思っていた」。リーダーはこう語り、積極的に指導していなかったことを明かした。

 さらに詳しく話を聞いてみると、リーダーは「自分が作った部門」という思いが強く、その雰囲気や組織風土に合わないスタッフが入ると、作り上げ、守ってきた自分のテリトリーを侵されるように感じていたようだ。同時に、業務が多忙な中で、自分に指導も押し付けられているという不満もあったという。

 院長は、「その気持ちは理解できる部分もあるが、より全員が働きやすい職場にするためには、新入職員を仲間として受け入れ、共に成長しようとするチャレンジが必要だ」と説いた。その上で、院長と各部門のリーダーが打ち合わせ、新入職員の育成カリキュラムを作成することを提案した。

 具体的には、習得してほしいスキルや業務内容を整理し、「いつまでに」「何を」「どの程度まで」身に付けるのかを、スタッフ個別の研修スケジュールとして明示することで、本人とリーダー双方が達成状況を確認できる仕組みを作った。院長も研修スケジュールを見ながらリーダーから報告を受け、問題がある場合には本人と面談するなど、直接関与する形としたのである。この教育システムは、診療所を含む全部門で運用することとした。

 その結果、退職を申し出ていたスタッフは思いとどまり、「きちんと指導してもらえるなら、もう一度頑張りたい」との意思を伝えてきた。

 一方リーダーは、自分の希望や理想だけを押し付けていた点を反省するとともに、「院長を中心に、組織全体で教育に関わる仕組みができたことで負担や不安が軽減した」と述べた。リーダーとしての責任と役割への意識が生まれ、リーダー自身の成長にも生かされたようであった。

今回の教訓

 今回の事例では、職場のリーダーに業務管理だけでなく指導・教育の責任を丸投げしたことにより、新入職員の成長意欲を生かせず、早期の離職が相次ぎ生じてしまっていた。院長は診療で忙しい上、長く苦労を共にしてきた古参職員であるリーダーを全面的に信頼した結果、報告をそのまま事実として受け入れていた。

 円滑に業務を遂行し、職員をうまくまとめる上で、勤務歴が長く院内事情に精通しているリーダーが重要な存在であることは言うまでもない。しかし、長くそのセクションを「任される」ことによって、新たに加わってくる職員に対して、リーダー自身が「変化」を促される危機感を抱いてしまうこともある。

 こうした抵抗感を薄める意味でも、組織のトップである院長が教育システムに関与し、新入職員を「仲間」として受け入れる姿勢を示すことは効果的だ。

 リーダーの負担軽減にも役立つため、主な職種別に習得すべきスキルやスケジュールを含めた教育カリキュラムのモデルを作成することをお勧めしたい。新入職員の意欲を向上させ、「長く働きたい」と思わせる職場環境をつくり上げるには、こうした組織のトップとしての考え方を示していくことが欠かせない。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
齊藤規子(株式会社吉岡経営センター)●さいとう のりこ氏。北大大学院法学研究科修士課程修了後、法律事務所勤務を経て(株)吉岡経営センター(札幌市中央区)入社。人事労務、組織管理、経営改善など医療機関を中心に経営コンサルティングを手掛けている。認定登録医業経営コンサルタント。