それから1カ月ほどは、看護師Aは院長にあいさつをし、何事もなかったように振る舞っていたが、院長の妻が担当している残業計算の些細なミスがあってからというもの、元通りの態度に戻ってしまった。

 院長の妻が面談して給与計算の誤りを謝罪しようとしても、「今、時間がないので、後にしてください」とにべもなく、忘年会に誘っても、「仕事以外で院長と話すことはありません」と断ってきた。

 人材紹介会社から「求人を出さないか」との営業の電話がかかってきたときには「うちは今、求人をしていませんので」と言って、院長に報告もなく電話を切ってしまう始末。もはや、どちらが経営者なのか分からないような状況に陥った。

 後日、私語が多くなったAに院長が注意をしたところ、反抗的な態度を取るなど問題のある行動をするようになった。ここへ来て院長は遂に、「辞められても致し方ない」と腹をくくり、就業規則の規定に基づき始末書を取った。その上で、「始末書が続くようでは、辞めてもらうことも考えなければいけない」と明確に告げた。その結果、現時点では、Aの反抗的な態度は見られなくなっている。

今回の教訓

 先代の院長は、時代背景もあるが、どちらかというとワンマンで、上意下達方式だった。ただ、その中でも賞与は多めに出したりと、昔気質の経営者によく見られるような運営をしていた。

 これに対して現院長は、医師のコーチングや傾聴を学び、クリニック運営にも民主的な手法を取り入れようとしていた。ルールは就業規則をしっかり備え、それを基に統制が取れるものと思っていた。

 しかし現実を見ると、先代の院長のときにはルールがなくても統制が取れていたものが、現院長になってからは一気に崩れてしまった。先代のときは、スタッフたちはいかに院長から叱責されずに仕事をするか、緊張感を持って臨んできたが、今はそのような秩序がなくなって、急激に反動が生じたというところだろう。

 こうした状況では、まずは毅然とした態度で、経営者が誰であるかを認識させ、職務命令に違反した場合は懲戒もあり得ることを話し、態度を改めさせなければならない。そうでなければ、他の職員のモラールもダウンし、職員全てを入れ替えるような事態にもなりかねない。

 リーダーが変わった後、しばらくは様子見で、組織が混沌とすることは少なくない。このときに、トップがリーダーシップを発揮しないと、他のリーダーを作ろうとするのだろう。それは、看護師Aの「私がいないと困るでしょう」の発言からも読み取れる。何事も最初が肝心である。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
加藤深雪(特定社会保険労務士、株式会社第一経理)●かとう みゆき氏。日本女子大人間社会学部卒業後、2003年第一経理入社。企業や医療機関の人事労務コンサルティングを手掛け、中小企業大学校講師や保険医団体の顧問社会保険労務士も務める。