平日の夜遅くに筆者の携帯電話が鳴った。相手は顧問先の耳鼻咽喉科クリニックの院長で「勤務医が交通事故を起こしたので今から警察に向かいます」という内容であった。翌朝、事情を聞くために診療所に向かった。幸い休診日だったので、院長から詳しく事情を聞くことができた。
勤務医が帰宅後、50ccのバイクで近所に買い物に行く途中、突然道路に飛び出した認知症の老人と接触し、老人は転倒した。勤務医は慌てずすぐに救急車を呼び、警察には事故を起こしたことを連絡した。救急車が到着後、老人の身元が分かったので救急隊員が家族に連絡し、病院に搬送された。
老人は転倒時に足を骨折、警察の事情聴取が行われたが、勤務医はスピードを出しておらずアルコールも検出されなかったので、老人の突然の飛び出しによる不可抗力の事故と思われた。被害者の治療費や入院費用、慰謝料は、バイクの自賠責保険を使うことになるので、保険会社に連絡する必要がある。筆者は勤務医の先生に、保険証券を用意するように伝え、とりあえず帰宅した。
院長の使用者責任は問われなかったが…
だが、思わぬ事実が発覚した。バイク購入時の自賠責保険や任意保険の加入手続きは販売店が代行していたが、事故当時は保険期間が過ぎており、無保険車を運転して事故を起こしたのである。
当の勤務医は自家用車を所有した経験がないこともあって、自動車保険の知識がなく、転居先を伝えていなかったため保険会社からの更新の通知も届かなかったようである。加害者である勤務医には、バイクを運転していてケガをさせたという責任と無保険車を運転していた行政上の責任(道路交通法上の処分など)、それに賠償金などを保険を使わずに負担する民事上の責任が生じた。
要した費用は、治療費や示談金などを含め約250万円に上った。通勤途中の事故ではなくプライベートな時間の事故で、院長の使用者責任を問われることはなく、院長が費用を負担することはなかった。だが、勤務医が就業時間中にお見舞いや警察・検察庁、免停講習に出向く時間が生じたために一時的に患者数が減少した。