それから院長は、教団関係者から連絡があるのではないかと思うと不安で、仕事が手につかなくなってしまった。しかも、B子による勧誘はまだ続いており、注意しても改める気配が見られない。そこで社会保険労務士に相談し、そのアドバイスに従って、返事を留保したままのB子と面談することにした。
B子は、とにかく真面目な性格で、自分の信じている宗教を否定されていると思い込んで反発しているフシがある。そこで面談では、職場内で執拗に宗教の勧誘をしたこと自体の是非はともかく、結果として他のスタッフとの和を乱し、退職の意向を表明する者が現れている状況を改めて説明。注意しても改まらなかったため退職を勧奨する一方で、解決金として平均賃金の2カ月分を支払うことを提案した。
解雇の場合、30日前までに予告をするか、平均賃金の30日分以上の解雇予告手当を支払う必要がある。今回のケースは解雇ではなく退職勧奨だったが、円満解決のため、解雇予告手当の2カ月分相当を支払ったというわけだ。B子は不満があるようだったが、他の職員の働く環境を乱しているのなら仕方ないと、最後は納得した様子だった。
最近、若い人たちが新興宗教に入信したり政治団体に加入するケースが増え、職場内外で勧誘活動が行われているとか、選挙期間中に休まれるといった話を聞くようになった。もちろん、B子が言うように信教の自由は憲法上認められているので、私生活上で活動を行うことは結構だが、職場の中で布教や勧誘活動をすることにより他の職員の職場環境が乱されるようであれば、事業主としては対策をしなければならない。
院長は、今回のような事態を防ぎ、また起こった場合に速やかに対処できるようにするため、就業規則に表1に示すような条項を盛り込んだ。就業規則の作成が法的に義務づけられていない小規模な診療所であっても、宗教の勧誘に限らず、物品購入の勧誘なども含め、ルールを明文化しておくことをお勧めしたい。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)
加藤深雪(特定社会保険労務士、株式会社第一経理)●かとう みゆき氏。日本女子大人間社会学部卒業後、2003年第一経理入社。企業や医療機関の人事労務コンサルティングを手掛け、中小企業大学校講師や保険医団体の顧問社会保険労務士も務める。