イラスト:ソリマチアキラ

 新年早々、管理薬剤師のMが退職願いを持って社長室にやって来た。ボーナスを出して3週間しかたっていないのに、そりゃないよ(涙)。

 Mは10年前に病院から転職してきた48歳男性薬剤師。率先して何かをやるタイプではないが、与えられた課題は文句一つ言わず着実にこなすいい奴だ。野心はなさそうだったので、定年までうちの会社を支えてくれると思っていた。

 通常ボクは、退職願いを出してきた薬剤師に対して、MR時代に培った百戦錬磨の交渉力を発揮して説得にかかるのだが、今回ばかりはそうもいかない。彼の部下が辞めたいと言ってきたときに、何度となくボクがひっくり返して会社にとどまらせたのを彼は見てきている。手の内は確実にばれている。

 それ以上に慰留が難しい理由は、Mの退職理由にある。最初、Mは「親の介護をしなければならなくなった」と言ったが、よくよく聞くとそうじゃなかった。「同じ年収で、もっとラクができる会社からオファーがあった。これからは、のんびりとラクな薬剤師人生を送りたい」というのが本当の理由だったのだ。

 現在、Mの年収は650万円。朝9時前から、遅い日は20時、21時まで残業することもあるし、休日出勤もしている。一方、オファーされているのは、管理薬剤師としてではなく、残業や休日出勤はないのに、年収は650万円強だという。うーむ。ボクがMだったら、そっちを選ぶかも……。そう思うと、説得する言葉に力が入らないのだ。

 退職理由に「親の介護」を挙げる薬剤師は多いが、ボクはこれを覆す技を知っている。だが、「ラクしたい」という薬剤師をどう慰留すればよいのか。

 うちの会社は、自慢じゃないがキツい。「薬局は薬剤師のインテリジェントフィーが命」とボクは本気で思っているから、高い技術料を取るよう常に尻を叩いている。また、「地域のかかりつけ薬局になるべき」と思っているから、在宅にすごく力を入れているし、近隣の医療機関以外の処方箋も受けるよう、数値目標を設定している。地域住民を対象にした健康セミナーを開催するために休日出勤もしてもらう(もちろん代休を取れとは言っている)。

 そのほか、研修や全体会議もあり、さらには個々の薬剤師の質を高めるために、やれコミュニケーションスキル試験だ、薬学知識試験だと、多数の試験を行っているので、そのための勉強も必要だ。

 こうした取り組みは、もちろん会社のためだ。調剤報酬改定や消費増税による影響は大きく、少し気を抜くと本気で会社が傾く。質の高い薬剤師がいないと、会社は生き残れない時代だ。

 そして、こういった努力は、薬剤師自身のためでもある。薬剤師は現在は売り手市場だが、いずれ供給過多になるだろう。その時には、のほほんと仕事をしてきた薬剤師から淘汰される。どんな時でも薬剤師としての腕を磨いておけば、インテリジェントフィーをきっちり稼げる薬剤師として評価されるはずだ。

 Mにも「薬剤師としての知識と技術を磨いておかないと、この先、淘汰されてしまうぞ」と言いたいところだが、もうすぐ50歳に届こうというMに、そんな時代が果たして来るのか。

 今、彼を慰留できないということは、同じ理由で会社を辞めたいという薬剤師が出てきたときに慰留できないということだ。うーん、それは困る。

 「同じ年収でラクがしたい」という薬剤師の気持ちを変える“必殺技”はないのだろうか。最近はそのことで頭がいっぱい。社長はツラいのだ。(長作屋)