日々の診療や患者対応に追われていると、院長は職員の様子や院内の雰囲気の変化にすぐに気付けないことも多い。今回ご紹介するAクリニックも、院長が変化を察知するのが遅れ、傷口を広げてしまったケースの1つだ。
Aクリニックは、内科・小児科を標榜する無床診療所。開業以来、親しみと温かさのある診療を心掛け、職員もこうした診療方針に賛同し、誠実に和気あいあいと業務に取り組んでくれているはずだった。だがある日、院長は院内の雰囲気が以前よりも暗くなっているように感じ、診療時間中の職員の仕事ぶりを注意して観察するようにした。
すると、これまでは仲良く業務に就いていた職員同士が硬い表情で言葉を交わしており、患者にも同様に対応している様子を目にすることが増えたため、院長は職員の間で何らかのトラブルがあったのではないかと考えてみた。併せて、比較的在職年数の長い職員にさりげなく話を聞いてみると、院長自身が知らないところで問題が起こっていたことが分かった。
「親しげに接するスタッフが不愉快」
Aクリニックは、院長のほか看護職員5人(うちパート職員2人)、事務・受付職員3人の体制。通常の診療時間のほか、週に2回の夜間診療を20時まで行っていることから、多いときには1日に100人近い外来患者が受診する日もある。多忙な状況ではあるが、院長が掲げる基本方針の「患者に寄り添う診療」を実践すべく、日常業務に取り組んできた。
職員は皆年齢が近く、業務終了後に食事会をしたり休日も一緒に過ごす仲の良さで、院長も良いスタッフに恵まれたと満足していたはずだった。だが、気付いたときにはその温かい雰囲気が失われており、患者対応にも影響が出てしまっている状況となっていた。
こうした変化に気付いて以降、院長は全ての職員に折を見て話し掛けるようにし、自らが職員間のコミュニケーションの潤滑油となるように心掛ける一方で、前述のように在職期間が長い看護職員と面談し、思い当たることがないかどうかを尋ねてみたのである。その結果、半年ほど前に受けた電話によるクレームが、人間関係悪化のきっかけとなっていたことが分かった。
クレームの内容は、「言葉遣いが悪い」「敬語が使えない人がいる」「親しげに接するスタッフが不愉快だった」といったもので、当時は院長も、電話を受けて対応した職員から報告を受けている。
職員同士が個人批判し雰囲気が悪化
その後、全体ミーティングでもこうしたクレームがあったことを説明し、「患者に温かく接することは当院の方針であり、そういう姿勢は維持してほしいが、同時に相手に敬意を持つことを忘れないようにしてもらいたい」と院長自身から全職員に伝えていた。院長としてはこれを機に、基本的な接遇研修を行ってみようかと考えた程度で、大きな影響はないと思っていたのである。しかしこの後、職員同士の関係に少しずつ軋みが生じてきた。
例えば、従来通りのスタイルで患者に接している職員らに対し、「そんなフランクな話し方をしていたら、またクレームが来る」「もう少し丁寧に対応した方がいいのでは」などの指摘をする人が出てきた。
また、「パートさんは意識が低い」「敬語が使えないのは社会人としてどうか」という個人的な批判も混じるようになり、こうした諍いに巻き込まれたくない職員は、どちら側とも積極的に会話をしたり、親しくしたりすることを避けるようになってしまったという。さらには、職員の中に「自分の話し方や患者対応は間違っているのではないか」という不安が生まれ、以前は意識せずともできた気配りや添える一言も忘れがちになっていた。
こうして次第に人間関係が悪化していったことで、来院した患者にもマイナスの雰囲気が伝わり、院長は自身が大切にしてきた待合室の温かみのある雰囲気が失われてしまったことに初めて気付いた。そしてこのままでは、来院患者数が減るなど経営的なダメージを受けるだけでなく、退職者が出たり職員間のコミュニケーションが減ることで必要な業務上の連携ができず、医療安全に関連するリスクも増大しかねないと悟り、自ら対策を講じることを決意するに至った。