イラスト:ソリマチアキラ

 ただ今、カニの季節の真っ最中だ。JRの各駅にはカニ列車のポスターが貼られ、関西人は「カニ!かに!蟹!」と浮足立っている。

 わが社では、3月決算を前に業績が良ければ、頑張った社員たちをカニ列車に招待している。

 以前、決算賞与として5万円や10万円を出したが、薬剤師の心には響かなかった。もちろん、「決算賞与を出す」と伝えた瞬間は喜ぶが、翌日には皆、そんなことはなかったかのように休憩時間の話題にすら上らなくなる。

 その点、カニ列車はいい。旅行の翌日出社すると、旅行に行けなかった社員が開口一番、「カニ、どないやった?!」と聞く。すると1人ならず数人から「むちゃくちゃよかったでぇ〜」「うまかったでぇ〜」と、喜びの声が飛び交い、数日間はカニ列車の旅がいかにすばらしかったかを語り続ける。現金を手にした記憶よりも、胃袋の記憶の方が持続性があるのだ。せっかくお金を使うなら、より効果的に使わなくては。

 カニ列車を毎年の恒例イベントにしておくと、年末のごたごたを乗り切りやすくなるのもメリットだ。というのも、年末には、やれ辞めたいだの、患者が多くて忙しいからスタッフを増やせだの、いろいろ言ってくる社員が多い。そんなとき、カニ列車に招待されたことのある社員であれば、「まぁまぁ、そう言わんと。年明けにはカニもあるし」の一言で大概片が付く。

 京阪神からのカニ列車はバリエーションが豊富だ。行き先は島根・鳥取の山陰方面、城崎など丹後方面、福井・金沢の北陸方面の3つ。いずれも、たらふくカニを食べて、温泉に入って極楽気分を味わえる。

 気になる「お値段」だが、超高級旅館から民宿まで、宿のランクと、出てくるカニによってピンからキリまである。日帰りなら2万円ぐらい出せば、それなりの旅館でおいしいカニがいただける。泊りでも3万円強といったところだろう。決算賞与を出すことを思えば、カニ列車の方が安上がりなのだ。

 このところ、わが社では城崎温泉をひいきにしている。3年ほど前、気張って誰もが知っている有名高級旅館の大広間を2間貸し切ってみたが、格式が高過ぎて、しかも広過ぎて落ち着かなかった。参加した社員もそう感じたようで、「社長、もっとフツーのところでええんとちゃいますか」と言われる始末。そこで最近は、おいしいカニを出すと評判の“そこそこ”の宿に行っている。

 ボクが城崎を選ぶのには、実はもう一つ理由がある。中学のときの国語の授業で、志賀直哉の『城の崎にて』を読み、投げた石が当たり死んでしまったイモリを見て、偶然死ななかった自分と偶然死んだイモリに大差はない、「生と死は両極ではない」と運命や生き死に思いを巡らせるというくだりに、いたく感動した─—。 その話を以前、カニ列車で何気なく社員にしたところ、社員たちから「社長、エラい“学”がありますねんなぁ〜」と、思った以上に褒めてもらえたのだ。

 社長はやっぱり“学”がなければならない。城崎温泉は、ボクに教養があるところを見せ、株を上げることができる絶好の場なのだ。と、思っていたら……。去年は、カニを散々食べ尽くした頃に、社員から「社長、そろそろ十八番の『城の崎にて』ですかね?」と聞かれてしまった。社長の株を上げ続けることは容易ではないのだ。

 とはいえ、今年もみんなの頑張りのお陰で、カニ列車で城崎に行けそうなのが何ともうれしい。さあ、みんな、今年もカニ、連れて行くで〜!カニ!かに!蟹!(長作屋)

(日経ドラッグインフォメーション2015年3月号より転載)