東北地方にあるAクリニックは、従業員数30人ほどの整形外科の診療所である。地域の中核的なクリニックで、子どもからお年寄りまで患者の年齢層は幅広い。
院長は職員の人材育成の重要性を外部研修で学び、理学療法士など大学卒の職員を2人程度採用し、一から育てようと張り切っていた。4月になって、期待の新卒職員が働き始めると、新入職員歓迎会を企画した。
来賓に、日ごろお世話になっている大学教授や近隣のクリニックの院長、顧問弁護士、税理士らを招き、普段の飲み会とは違って少しフォーマルな雰囲気の中で行うことにした。プログラムを事前に作成し、事務係長B子に、締めの挨拶をお願いすることにした。
和やかな宴会が一転…
歓迎会当日、会が始まると、まず院長が開会の挨拶を行い、フレッシュな新入職員2人が自己紹介を済ませ、宴はいつになく盛り上がっていった。しばらくの歓談が続いた後、いよいよ締めの挨拶になり、B子が前に出て話を始めた。
最初は、新入職員への歓迎の言葉を述べていたが、酔いが回っているのか、次第に話の内容が怪しくなっていき、「こんな安い給料でしんどい仕事はない。何年も我慢してきたが、こんな状況で働くのはもう限界だ。そう思っている職員は、みんなで労働組合を組織しよう!」と気勢を上げた。
数人の職員は、酔いも手伝って、面白おかしく拍手とともに加勢した。すぐに別の数人が割って入って抑止し、その場はようやく収まった。院長はぼう然とし、来賓の面々はどうしたらよいか困惑しきっているようだった。
院長は「懲戒解雇だ!」
院長は会が終わると、だんだんと怒りが込み上げてきて、どうしようもなかった。確かに締めの挨拶を頼んだのは自分だが、来賓も招いた大事な宴席であんな発言をされたのでは、立場がない。安月給と言うけれど、給与水準は近隣の同業者と比べて低くはないはず。「こうなったら、懲戒解雇をするしかない」と思いつめ、次の日、顧問の社会保険労務士に相談をした。
すると、社労士は「フォーマルな会での発言としては不適切ですが、お酒の席でのことですし、すぐに懲戒解雇という程度の行為とはいえないでしょう。院長もだいぶ気が動転している様子ですので、まずは、本人に事情を聞いて、反省しているかどうかを確認してみてはいかがでしょうか。その態度いかんで、どのように対応するか決めましょう」との意見だった。