イラスト:ソリマチアキラ

 困っている人がいたら何とかしてあげなきゃと使命感に燃えてしまうボク。気が付いたら複数の会社の薬局を手伝っていた。

 その1つに、MR時代から付き合いのあるA氏が興した会社がある。当時、卸に勤務していたA氏が、飲んだ席で散々、「今の安月給じゃ、2人の子どもを薬科大学に行かせられへん」と愚痴るので、つい「起業したらどや?」と誘ってしまった。今でもボクは経営はもとより薬剤師の採用や教育まで手伝っている。

 今回はその会社の薬剤師Sの話だ。ここで言っておくが、ボクはその会社から給料をもらっているわけではない。

 30歳のSは、大病院の前にあるチェーン薬局を辞めて、5年前にA氏の会社に入社した。面接に立ち合ったボクは、Sが対人感性力はかなり乏しいが、真面目で根は良い青年だと感じた。そこで「絶対に悪いようにしないから」と説得し、入社させたのだ。その手前、ボクは一生懸命、面倒を見た。

 当時、疑義照会さえもスムーズにできず、患者さんから怒られることも多かったSに、ロールプレイまでして叩き込んだ。学会や勉強会にも連れ歩いた。そのSが突然、辞めると言ってきた。

 ボクが手塩に掛けたおかげで、彼はそこそこ立派な薬剤師に成長し、今辞められるとA氏の会社は厳しい。なんとか引き留めるべく、Sをボクの会社の会議室に呼んだ。

 独身の彼は、実家から片道約1時間掛けて通勤していた。転職先は実家から5分で通える2店舗経営の小さな会社だという。小さな会社がダメだと言うつもりは全くないが、彼の収入を将来にわたって保障できる会社には思えない。何より教育面に不安がある。彼に薬学・臨床の知識、医療人としての心を教えられる人がいそうにないのだ。

 ボクは、Sの薬剤師としての将来と、一人の男としての人生を熱く語り、慰留した。だがSは、「転職すると年収が100万円アップするんですよ。それに自分が活躍できる場は、1日の処方箋枚数が100枚程度の地域密着型の薬局だと思うんですよね〜」と分かったようなことを言い出した。

 だったらボクの会社に出向という形にして、同じ条件で雇うと応酬。すると、Sの歯切れが途端に悪くなった。どうやらSは、通勤時間や年収もさることながら、「好きにさせてやる」というオーナー薬剤師の言葉に魅力を感じたようなのだ。

 ボクやA氏の会社の研修制度は、それなりに厳しい。やれ在宅だ、やれハイリスク薬管理だ、患者さんのために汗を流せ、などとうるさいことも言う。結局、そういうのが嫌で、のんびり好きにやりたいということのようだ。

 ボクは考え込んでしまった。薬剤師は30歳やそこらで一人前になれるほど、甘い職業なのだろうか。医者の世界では30歳なんてヒヨッコ扱いされている。先輩にひたすら臨床の基礎をたたき込まれ、経験を積んで腕を磨く時期だ。どんな職業だって同じはずだ。

 30歳独身の彼の今後の人生や薬剤師としての将来を考えると、今、必要なのは「好きにすること」ではない。厳しい環境に身を置くことこそが必要なのだ。しかし彼にはそれが伝わらない。

 さらに彼は追い討ちを掛けるように「9月末に辞めたい。有給消化で8月半ばにはシフトから外してほしい」と言う。8月半ばまでは1カ月もない。ボクなりに彼の成長を望んで世話を焼いてきたつもりだ。なのにこの仕打ちか。

 「もう決めたことですから」と言うSに問いたい。「あなたの志は、一体何ですか……」。

 ボクは怒っているのだ!(長作屋)